書評 ことばと行動 新装版 原井宏明 (2024) 精神療法, 50(2), 139–140.

私の手元には「ことばと行動」の第4刷(2004年8月発行)がある。3年間で4回増刷したことからわかるように、当時から行動療法家にとっての必読書であり、帯にある「行動分析学と言語の発達を知る上で必須の一冊」の言葉の通りである。出版社の倒産に伴い絶版になっていた。スキナリアンの一人として―私は本誌49巻6号で自己開示をしている―この本が復刊されたこと自体が嬉しいし、また本誌の書評に取り上げられ、私に依頼が来たことも嬉しい。スキナリアンとしては行動分析学も登場して欲しいのだが、どうも本誌とスキナーは相性が悪い。医中誌で本誌を検索すると、Skinnerはゼロ、行動分析学/応用行動分析は7件である。名前は似ているが精神分析と行動分析は「精神療法」の中では対称的な地位にある。

それでも、この10年は行動分析学がよく登場するようになった。2014年にアクセプタンスコミットメントセラピーが取り上げられた(武藤, 2014)。発達障害に対する応用行動分析は2回取り上げられた(井上, 2015; 谷, 2013)。会話が全く成り立たない重度の発達障害を持つクライエントに対して、通常の精神療法では歯が立たないことは誰でも賛成するだろう。行動分析学なら、重度の自閉症児に言語や生活スキルを獲得させることだけでなく、チンパンジーに文章を綴らせることもできる(浅野, 2023)。ちなみにここまで引用した武藤と井上、谷はこの本でも章を担当している。20年前に本書に寄稿した人たちは、今では日本の行動分析学を担う重鎮である。

私がスキナーを知って以来、行動分析学はその目的と概念を変えていない。この本がそれをよく実証している。20年間の行動分析学の進歩は大きい。20年前、行動経済学はほとんど知られていなかった。しかし、「ことばと行動」に関する本について20年たっても内容や用語を改定する必要がなく、今も有用だとされるような本は他にどれだけあるだろうか?

私的なことになるが、本誌で連載をしている動機づけ面接(Motivational Interviewing, MI)と対比させてみよう。最初にMIの教科書と言える本が出版されたのが1991年である。2002年に第2版、2013年に第3版、2023年には第4版がでた。毎回、基本的な用語が変わり、MIのワークショップで古い用語を使っていると馬鹿にされてしまう。こんなことを書くのは利益相反だが-自分で墓穴を掘るというべきか―20年間に概念がころころ変わるような精神療法と、20年たっても変える必要がない精神療法のどちらをあなたは学びたいと思うだろうか?

行動分析学で扱う専門用語は基本的な定義が決まっており、研究者の間では20年たっても変化しない。言語行動に関しても同じである。臨床場面における具体的な支援の実践例(発達臨床における言語の早期療育,学校教育の中での言語指導,器質的な脳障害をもつ人への言語療法など)についても、20年たっても当時の記述が現在も有効であり、その気になれば誰でも再現できる。

他人と違う独自路線を行きたい人、目立ちたがりの人には行動分析学は煙たいだろう。どれだけオリジナルな主張をしたとしても、それは20年前に分かっていたことの言い換えにすぎないと言われてしまうからだ。しかし、実際の臨床で役に立つことをしたい人、20年、30年たっても評価が変わらない仕事をしたい人に対しては行動分析学がベストな「精神療法」のはずだ。

この本は行動分析学についての初心者であっても取り組めるようになっている。20年前の私がそうだった。ぜひ、手に取って読んでみていただきたい。

文献

井上雅彦. (2015). 応用行動分析を用いた発達障害の子どもへの支援. 精神療法, 41(2), 185–189.

原井宏明. (2022). 書評 スキナーの徹底的行動主義 20の批判に答える. 精神療法(0916-8710)精神療法, 48(6), 119–120.

武藤崇. (2014). アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT) 行動分析学の「伝統と革新」の結実. 精神療法, 40(1), 60–63.

浅野俊夫. (2023). 第2章 言語の生物学的背景 チンパンジーにおける言語行動の合成実験. In 浅野俊夫 & 山本淳一 (Eds.), ことばと行動 言語の基礎から臨床まで 新装版 (pp. 25–52). 金剛出版.

谷晋二. (2013). 自閉症スペクトラム障害の人々と社会 療育・教育・支援の現場 自閉症スペクトラム障害の支援技法の総括と今後. 精神療法, 39(3), 364–370.

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