総説 強迫症と基礎研究 (草稿) 行動科学 Vol.61,No.1 ,1-5, 2022

強迫症と基礎研究
Title   Obsessive-compulsive disorder and basic research

原井 宏明 Hiroaki Harai
所属1 原井クリニック 院長
所属2 株式会社原井コンサルティング&トレーニング 代表取締役

キーワード 強迫症、歴史、神経解剖学、動物モデル、行動療法、曝露反応妨害法
Keywords Obsessive compulsive disorder, History, Neuroanatomy, Animal model, Behavior Therapy, Exposure and Response Prevention

Abstract

Obsessive-compulsive disorder is one of the oldest known diagnostic categories. However, the classification in the diagnostic categories has been changed in recent decades. The newest diagnostic manual, DSM-5 set out new diagnostic group of “Obsessive Compulsive and Related Disorders” which covers Body-Dysmorphic Disorder and others which has been placed in different diagnostic groups. This article briefly summarizes the history of Obsessive-compulsive disorder and its conceptualization. And it reviews basic research and animal models.

はじめに

強迫症の歴史

強迫症は精神疾患分類の中で歴史が古いもののひとつである。筆者の知る限り、文献上最も古いものは7世紀にヨアンネス・クリマコスが神を冒涜したいという衝動をどうしても止められないと年配の僧侶に訴える若い僧侶のケースを報告したものである(Climacus, 600)。このころは宗教に関する強迫が中心で、scrupulosity(几帳面)と呼ばれていた。具体的に治療経験を記載した古い文献で、日本語で容易に入手可能なのは、「ある巡礼者の物語」イグナチオ・デ・ロヨラ自叙伝(1491~1556)岩波文庫である(Ignacio, 2000)。ロヨラは聴罪司祭に対して完全な告解(懺悔)をしようとするが、完全にできたと思ったとたんに疑念に襲われる。

博士はかれ(ロヨラ)に告解のとき思い出すことすべてを書いてくるように命じた。かれはそれをすぐ実行した。しかし、告解した後でも、疑悩が戻ってき、告解するたびに、つまらぬことを鋭く詮索するようになったので、悲嘆にくれる状態になった。この疑悩がかれに大きな害をもたらしていることを知っていたし、それから解放されることがよいことだとわかっているのだが、しかし、一人ではどうすることもできなかった。P56

このように古くから記述がある強迫症であるが、19世紀から始まった精神医学の中で取り上げることは遅れた。19世紀末に精神疾患の分類は一応の完成をみたが、強迫症は“Neurasthenia”(神経衰弱)として他の疾患とまとめて一括りにされていた。一つの疾患単位として独立させ、強迫症という名を付けたのは20世紀初頭のPierre Janet (1859–1947) と Sigmund Freud (1856–1939)である。その後、Freudの無意識と防衛機制の理論が強迫症の発症・維持メカニズムとして専門家の間で主流になった。Freudは“zwangsneurose”と名付けたが、”zwang”を英語に翻訳にするにあたって、英国では” obsession”、米国では”compulsion”と訳した。両国の妥協案が”Obsessive-Compulsive Disorder”である。この後、強迫観念と強迫行為を分けて考えることが一般的になった。1980年代、DSM-IIIが登場し、精神医学の診断分類からフロイトの神経症概念が一掃され、操作的診断基準に置き換えられた。強迫症は不安障害カテゴリーの一つになり、強迫観念による不安を中和するために、強迫行為が生じるという考え方が主流になった。すなわち強迫行為は除去型強化によって維持されていると考えるMowrerの二過程説(Two-process theory of learning)が強迫症の成り立ちを説明する主要理論になった(原井 & 岡嶋, 2010)。一方、JanetやFreudまでは強迫症に2つの成分があるとは考えていなかったことに注意が必要である。観念も行為も強迫的に行われることには違いがなく、観念と行為を分けることが難しいのは言うまでもない。

1980年以降は治療でも大きな進歩がみられた時代である。それまでは不治の病だった強迫症は、セロトニン再取り込み阻害剤(Serotonin Reuptake Inhibitor,以下SRI)と認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy,以下CBT)の技法のひとつである曝露反応妨害法(Exposure and Response Prevention,以下ERP)によって治癒可能な病気になった。一般向けの本も多数出版され、患者自身でERPを行うこともできるようになった。筆者によるものも2012年から4種類出ている(原井 & 岡嶋, 2012;原井, 2013;原井 & 岡嶋, 2021;原井, 2021)。

現代の診断分類における強迫症

21世紀になるころから精神医学における強迫症の概念はさらに変わった。Hollanderが強迫スペクトラム障害を提案した。醜形恐怖症や病気不安症(心気症)、病的賭博なども強迫の一種と考えるようになった(Hollander, 1993)。これには症状の類似性だけではなく、治療上の所見-醜形恐怖症や病気不安症にもSRIとERPが有効である-、疫学上の所見-たとえばチック症の患者は後年にそのほとんどが強迫症を発症する-が理由である。

2013年のDSM-5ではHollanderの考えをもとに強迫関連症というカテゴリーが新設された。それまでは不安があることを前提にした不安障害の一種だったのものが、強迫関連症として独立し、それまでは他の診断群に入れられていた診断を飲み込んだ。他から強迫症に引っ越してきた診断には、醜形恐怖症(以前は身体表現性障害の一種)、ためこみ症・抜毛症・皮膚むしり症(以前は衝動制御の障害)がある。ためこみ症・抜毛症・皮膚むしり症には不安が伴うようには見えない。実際、強迫症と診断される中には整理整頓に対するこだわりのように不安が先行していない場合がある。この時から正式に強迫症は不安を前提にした疾患ではなくなった。

強迫症のメカニズム

強迫に関する基礎研究

強迫症の概念が整理されるとともに強迫観念・強迫行為に関する基礎的な研究も進歩した。近年の進歩が著しいものに脳機能画像研究や反復経頭蓋磁気刺激(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation: rTMS)による脳の各部分の役割の明確化とゲノム解析による関連遺伝子の同定、動物モデルの発見がある。脳機能については、皮質-線状体-視床-皮質回路(cortico-striato-thalamo-cortical: CSTC)とその中でも背側前帯状回の過活動が中心的な役割を果たしているとされる(Mcgovern & sheth, 2017)。この部分は行動を常時モニタリングしており、行動終了後に問題がないかどうか、確認をしていると考えられる。背側前帯状回が問題の可能性を発見するとパターン化した儀式行為を司る線状体が活動をし始める。

本論では主に動物モデルをつかった強迫行動の学習モデルと行動分析学から新たに提案されるようになったルール支配行動のモデルを紹介する。

マウスのガラス玉覆い隠し行動(marble-burying behavior)

敷き詰めた床敷(オガクズ)上にビー玉のようなガラス玉を十数個埋めておくようにする。マウスにとっては無害な存在であるが、マウスはそれを床敷内に埋めて隠してしまう。この行動はSRIの投与によって行動抑制を伴うことなく抑制される。無害なものを覆い隠そうとするマウスの行動が不合理と認識しつつ繰り返される強迫行為と見かけ上類似していることとSRIの有効性,不安の代表的な動物モデルであるコンフリクト試験や高架式十字迷路試験ではSRIは効果を示さないことから、ガラス玉覆い隠し行動は強迫症の動物モデルと考えられている。

参考 マウスのガラス玉覆い隠し行動の動画

イヌ科強迫性障害(Canine Compulsive Disorder)

猫や犬が種々の強迫症状を示すことが知られており、イヌ科強迫性障害(Canine Compulsive Disorder: CCD)と呼ばれている(Tiira, Hakosalo, Kareinen, Thomas, & Hielm-Bjö Rkman, 2012)。人の手洗いとよく似た前肢の舐め壊し、人の強迫性緩慢に似た一点を凝視して静止し続ける行動、尻尾追跡行動などがある。

鳥類の抜毛行動

人の抜毛症、皮膚むしり症とまったく同様の行動を鳥類が行う。人と同じように環境調整と行動療法が有効である(Jenkins, 2001)。

付随行動(adjunctive Behavior)

スケジュール誘発性行動と呼ばれている。特にスケジュール誘発性多飲(schedule induced polydipsia)は実験動物が自発的に水中毒になる現象であり、これも強迫症のモデルになると考えられる(Fineberg, Chamberlain, Hollander, Boulougouris, & Robbins, 2011)。

自動反応形成(autoshaping)

空腹なハトを実験箱に入れ、キーを照明した後、餌を呈示することを一定の試行間間隔を挟んで繰り返すと、やがてハトは餌を食べると同時にキーもつつくようになる。キーをつつくと、強化随伴性が設けられているので、餌が呈示され、キーつつき反応の条件づけが成立する。このような現象を自動反応形成と呼ぶ。自動反応形成には、キーの照明(CS)と餌呈示(US)というレスポンデント条件づけと,キーつつき反応と餌(強化子)呈示というオペラント条件づけの二つの過程が働いている。反応が形成された後、キーの照明に続いて、キーつつき反応がないときに餌を呈示し、反応があるときには餌を呈示しない、いわゆる除去訓練手続き(Omission training, 除去型弱化)を用いても、キーつつき反応がかなりの程度維持される。この事実は、キーつつき反応がキーの照明(CS)と餌呈示(US)というレスポンデント条件づけの強い影響を受けることを示している。これは強迫行為が反復されることを説明するモデルになる。最初の行動を獲得する過程では強迫行為をすることで強迫観念が消失する除去型強化によって説明できるが、いったん強迫行為が高頻度になると強迫観念の出現・消失とはかかわりなく、誘発刺激があれば自動的に強迫行為を行うようになる(Fineberg et al., 2011)。

参考 自動反応形成の動画

縄張り行動

動物がある決まった場所に居つくと、その周囲に一定の防衛圏を設定する。縄張り防衛は噛みつくなど、はっきりとした攻撃の形を取るものもあるが、はじめから攻撃せず、儀式的な威嚇や示威行動のみの場合も多い。

これは不潔恐怖の患者が自室やベッドなどの自分の聖域を守るときに取る行動とよく似ている(Joiner & Sachs-Ericsson, 2001)。

ルール支配行動

強迫症の中には、パーソナリティ傾向としての強迫性パーソナリティ傾向も含まれる。この傾向をもつ人たちは結果的に仕事の効率を落としたり、仕事の完了を妨げたりするような規律性や完璧主義、コントロール(柔軟性の余地がない)にとらわれ、適当ないい加減さを許さず、効率や人間関係を犠牲にする。仕事および生産的活動に過度にのめりこみ、そして経済的・社会的な強化が不要である。完璧にこなそうとするあまり、同僚の手伝いも拒否するようになり、このために人間関係が障害される。こうした傾向は過剰なルール支配行動と考えられ、強迫のモデルの一つになる(Hassoulas, McHugh, Morris, Dickenson, & Reed, 2017)。

強迫症の治療

曝露反応妨害法

1966年に報告され(Meyer, 1966)、現在では強迫症に対するファーストラインの治療法として広く認められている。一方、この実践自体は昔からある。ロヨラ自叙伝から再び引用する。

ペストの患者に手で触れ、誘惑に会う p172

ある修道士がある家で死んだ人の死因はペストだと思うと言った。フラゴ博士はロヨラと一緒に、その家に行きたいと思い、この病気に詳しいある婦人を同伴した。この婦人は家の中に入ると、これはペストだと断定した。ロヨラも家に入って、一人の病人を見つけ、手で潰瘍患部に触れながら、その人を慰めた。しばらく、かれを慰め、力づけてから、独りでそこから出た。

そのうち、その手が痛くなり始めたので、自分もペストにかかったと思った。この想像は非常に激しく、それに打ち勝つことができなかった。

そこで、猛烈にその手を口の中に入れ、何日も内で掻き回して、言った。「お前は手がペストに罹ったのなら、口も罹るに相違ない」。そうし終わった途端、その想像は消え、手の痛みもなくなった。

ロヨラの時代でもペストの発症には数日間の潜伏期があることが知られていた。患者に触れることはペスト感染のリスクがあるが、接触当日に発症することはない。ロヨラは自分の想像が強迫観念であることを見破り、現代ならイメージエクスポージャーと呼べる行為を数日間続けた。

またロヨラが設立したイエズス会は厳密なルールで有名な修道会である。教皇と会の長への絶対的な従順を会員に求めた。「死人のごとき従順」(perinde ac cadaver)と呼ばれ、「自分にとって黒に見えても、カトリック教会が白であると宣言するならそれを信じよう」が信念であった。イエズス会をロヨラと一緒に設立したのがフランシスコ・ザビエルである。イエズス会による世界各地での宣教は過剰なルール支配行動と呼ぶことができる。

最後に

動物における強迫も考えると、強迫症は人間よりも長い歴史をもっていると言える。一方、形としては毎日新たな強迫症が見られる。現代人にはペスト感染恐怖はぴんとこないし、ロヨラの時代の人にSNSに個人情報が漏洩する恐怖を説明しようとしても意味不明と言われるだろう。一つひとつの行動を取り上げれば、動物モデルやルール支配行動で説明でき、治療介入へのヒントも得られるが、それを強迫症全体に当てはめることには無理がある。特に強迫関連症全体について考えると、関連症全体に当てはまるモデルを考えることは難しく、個別の行動-手洗いのような身だしなみ行動、縁起恐怖のような過剰なルール支配行動など-に分け、一つひとつの行動とそれが生起する状況に合わせて分析する必要があるだろう。

筆者は過去30年にわたって強迫を治療する側におり、2019年から強迫症専門の精神科クリニックを開業した。動物モデルの存在は患者を治療するときのヒントにもなった。一方、診断基準の変遷に見られるように、一つのモデルで全体を把握することの難しさも感じる。個人における一つひとつの行動を細かく見ながら、介入することが必要であり、同時に全体も見渡すことが必要だろう。

文献

Climacus, J. (600). The Ladder of Divine Ascent.

Fineberg, N. A., Chamberlain, S. R., Hollander, E., Boulougouris, V., & Robbins, T. W. (2011). Translational approaches to obsessive-compulsive disorder: from animal models to clinical treatment. British Journal of Pharmacology, 164(4), 1044–1061. https://doi.org/10.1111/j.1476-5381.2011.01422.x

Hassoulas, A., McHugh, L., Morris, H., Dickenson, E. R., & Reed, P. (2017). Rule-following and instructional control in obsessive-compulsive behavior. European Journal of Behavior Analysis, 18(2), 276–290. https://doi.org/10.1080/15021149.2017.1388608

Hollander, E. (1993). Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders: An Overview. Psychiatric Annals, 23(7), 355–358. https://doi.org/10.3928/0048-5713-19930701-05

Ignacio, L. (2000). ある巡礼者の物語 : イグナチオ・デ・ロヨラ自叙伝. 東京: 岩波書店.

Jenkins, J. R. (2001). Feather picking and self-mutilation in psittacine birds. Veterinary Clinics of North America – Exotic Animal Practice, 4(3), 651–667. https://doi.org/10.1016/S1094-9194(17)30029-4

Joiner, T. E., & Sachs-Ericsson, N. (2001). Territoriality and obsessive-compulsive symptoms. Journal of Anxiety Disorders, 15(6), 471–499. https://doi.org/10.1016/S0887-6185(01)00077-9

Mcgovern,  robert, & sheth,  sameer. (2017). Role of the dorsal anterior cingulate cortex in obsessive-compulsive disorder: converging evidence from cognitive neuroscience and psychiatric neurosurgery. Review J Neurosurg, 126, 132–147. https://doi.org/10.3171/2016.1.JNS15601

Meyer, V. (1966). Modification of expectations in cases with obsessional rituals. Behaviour Research and Therapy, 4(1–2), 273–280. https://doi.org/10.1016/0005-7967(66)90083-0

Tiira, K., Hakosalo, O., Kareinen, L., Thomas, A., & Hielm-Bjö Rkman, A. (2012). Environmental Effects on Compulsive Tail Chasing in Dogs. PLoS ONE, 7(7). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0041684

原井宏明. (2013). 強迫性障害に悩む人の気持ちがわかる本. こころライブラリーイラスト版. 東京: 講談社.

原井宏明. (2021). 【読む常備薬】図解いちばんわかりやすい強迫性障害. 東京: 河出書房新社.

原井宏明, & 岡嶋美代. (2010). 【不安の病理と治療の今日的展開】 強迫の不安理論 認知行動療法の視点. 臨床精神医学, 39(4), 445–449.

原井宏明, & 岡嶋美代. (2012). 図解やさしくわかる強迫性障害 : 上手に理解し治療する. 東京: ナツメ社.

原井宏明, & 岡嶋美代. (2021). 図解やさしくわかる強迫症. 東京: ナツメ社.

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