CRA(Community Reinforcement Approach、コミュニティ強化アプローチ)は対象者の生活全体の環境調整を系統的に行うことで問題行動の弱化と他行動の強化を達成することである。CRAFT(Community Reinforcement and Family Training)は同じ方法を家族などに応用したものである。CRAとCRAFTは物質依存症および関連する暴力などの問題に対する治療として発展してきたが、他の問題にも容易に適用できる。たとえば、家族がどれだけ促しても家から出ようとしない“引きこもり”に対してである。日本では依存症に対するCRAが知られるよりも先に“引きこもり”に対する介入としてのCRAFTが知られることになった。
アズリンの仕事としてのCRA
1973年、アルコール依存症に対するオペラント条件づけに基づく治療法としてCRAが提唱された(Hunt & Azrin, 1973)。N.アズリン(Azrin)はB.F.スキナー(Skinner)の指導を受けた心理士であり、オペラント条件づけの原理を多方面に応用したことで知られる。CRA以外にもトークン・エコノミーやシェイピング、習慣逆転法(habit-reversal training)、逐次接近法(successive approximation)、トイレット・トレーニングなどの功績である。このような他の仕事と合わせて考えるとCRAの理解が進む。
CRAは随伴性制御や問題解決訓練、快行動計画法、社会技術訓練、失業者に対する就労支援、家族問題には家族行動療法などさまざまな方法を機能分析に基づいて包括的に用いる。飲酒以外の多様な行動が強化されるように好子を獲得できるチャンスを増やす。社会的強化子としてバディ・システム(回復途上の依存症仲間とぺアを作り、相互に非飲酒行動を強化する)も用いる。集団療法にすることで効率化も同時に達成できる。
エビデンスから次のことがわかっている。1)重装備のCRAが特に単身の患者に対して有益である、2)既婚の患者の場合には、もっと簡便に抗酒剤の服用を動機づけるだけでもCRAと同等な効果がある、
社会的なサポートがない無職の単身者に対しては、環境からの好子を再構築するCRAの意義が特に大きい。言い換えれば、依存症が慢性化すればするほど,失ったものが大きければ大きいほど他の介入法と比べたときのCRAの有用性が増してくる。
依存症治療成績のメタアナリシス
CRAは慢性のアルコール依存患者の治療には確実な方法である。CRAの有効性はランダム化比較試験によって強く支持されており,他の治療アプローチと比較すると差は如実である。入院でも通院でも,断酒目的にも節酒目的にも,さらに個人にもグループにも適用できる。
CRAの欠点
CRAの禁忌はほとんどない。特に他の治療法と比較すればCRAによる副作用もほとんどない。ただし、費用対効果の問題はある。すなわち,社会的に安定し、家族とも良い関係を保っている患者に対してはCRAのプログラムは過剰サービスのように見える。
さらにメディアや地域のような社会全体がCRAをどうみるかはまた別の問題になる。CRAは罰を避ける。社会からみればこれがCRAの欠点である。飲酒や物資関連問題に対する社会的対応の厳罰化は世界で共通して起こっている。社会全体が厳罰化に向かっている時に、その真逆を提唱するのは社会的“反逆”である。このような事情からか1973年に出現しその後も臨床試験での効果が繰り返し確認されているにもかかわらず、現在も依存症に対する治療としてのCRAは異端のままである。
CRAFT コミュニティ強化アプローチと家族トレーニング
CRAFTもアズリンらによって1986年に発表された(Sisson & Azrin, 1986)。原理は同じだが介入対象が異なる。CRAは患者がすでに治療に参加している場合に使う。CRAFTは患者が治療を拒み、家族や関係者だけが相談に訪れている場合に使う。罰コントロールに頼ろうとするのは家族も社会と同じである。家で飲んで暴れる夫に対して「治療を受けなければ離婚する」と脅す妻は普通の人である。罰が上手く行かず困り果てた家族は、家族会や断酒会、アラノン(Al-Anon、アルコホーリクス・アノニマスと同じ12ステップ方式で運営される家族会)に行くが、そこで強調されることは、1)家族も依存症に対して無力だと自覚しなさい、2)距離を取って“底つき”をさせなさい、である。こうすれば暴力に家族が巻き込まれることは減るが、家族を無力化しても本人の飲酒行動は変わらない。
CRAFTは1)家族にもできることがある、2)距離を取るタイミングを変えれば“底つき”も不要になる、と家族に教える。
CRAFTも家族療法の一種である。家族療法では患者のことをIP(Identified Patient,患者とみなされた人)と呼ぶ。また家族の中に恋人や同居人が含まれることもあることからCSO(Concerned Significant Others、主な関係者)と呼ぶ。CRAFTは本人が参加せず、CSOのみであることから、一方向的家族療法(Unilateral Family Therapy)に分類される。
【さらに詳しく知るための文献】
Smith, J. L., & Meyers, R. J. (2012). CRAFT 依存症患者への治療動機づけ-家族と治療者のためのプログラムとマニュアル. 東京: 金剛出版.
【参考・引用文献】
Hunt, G. M., & Azrin, N. H. (1973). A community-reinforcement approach to alcoholism. Behaviour Research and Therapy, 11(1), 91–104. https://doi.org/10.1016/0005-7967(73)90072-7
Sisson, R. W., & Azrin, N. H. (1986). Family-member involvement to initiate and promote treatment of problem drinkers. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry, 17(1), 15–21. Retrieved from http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3700666