強迫症の認知行動療法 「公認心理師技法ガイド」(製作中?)の草稿

要点整理

  • 強迫症は認知行動療法が特に有用な疾患である。他の疾患と比べると自然治癒がまれで、薬物も含めた他の治療法の効果が劣る。
  • セルフモニタリングや強迫儀式短縮化訓練、エクスポージャーと儀式妨害(ERP)が主である。ハビット・リバーサルや認知再構成、円グラフ技法なども使われる。
  • ERPとは強迫を引き起こすトリガーへのエクスポージャーと数時間以上、儀式や回避をさせないようにする儀式妨害である。
  • 動機づけ面接の併用や集団集中治療、自宅訪問のような工夫がある。
  • 治療者によって成績が大きく違う。患者に口で指示をするだけの治療者と、患者と一緒に入浴し、洗い行動を丁寧に観察し、適切な洗い方を指導できる治療者との間には天と地の差がある。

1.      技法の手続き

1)     エクスポージャーと儀式妨害

ERPやE/RP、EX/RP、E&RPと略す。Eはエクスポージャーであり、治療的な意味では不安などの情動反応を起こす刺激に対してクライエントが十分な時間、触れ合うようにして情動反応や問題行動を生じにくくさせることである。RPはRitual PreventionまたはResponse Preventionのことであり、儀式妨害または反応妨害と訳す。

エクスポージャーは治療セッションが主な介入の対象になるが、RPが加わる場合は治療セッション以外の時間に起こる回避行動が主な対象である。

たとえば不潔恐怖・洗浄儀式の患者の場合、不潔物に対するエクスポージャー中には回避や手洗いが起きないことが多い。その場では全く平静にしているが、自宅に帰り、ベッドに入る前に全ての汚れを落とす儀式が始まる。加害恐怖・確認儀式の患者の場合なら、治療者が後部座席に乗り、その指示に従って車を運転している間は避けたり、確認したりせずに普通に運転できる。しかし、治療者と離れて1人で休憩をしている間に、頭の中で自分の運転の場面を最初から思い浮かべる心の中の確認をしたりする。

恐怖対象にどれだけエクスポージャーしたとしても、後から患者が1人になった時についついやってしまう洗浄・確認儀式が野放しになっていたとしたら、エクスポージャーをする意味がない。

1950年代、系統的脱感作によって恐怖症を治療できるようになったときと同時に、強迫に対するアプローチも始まった。当時は強迫と恐怖症は連続的な疾患としてとらえられていたのである。しかし,不安を軽減する技法のみでは強迫を治すことができなかった。強迫を治せるようになったのはMeyer1)が1966年にERPを開発するまで待つ必要があった。

1980年代以降、ERPを構成する各々の技法の効果を調べる研究が行われた。リラクセーションのような不安を下げる方法は不要であること,エクスポージャーと儀式妨害の組み合わせが必要なこと、セッション中に不安が下がる必要はないこと、ERPの前に認知再構成を行うと効果が下がること、弱い刺激から始める段階的なエクスポージャーよりも可能な限り最初から強い刺激を使うフラッディングのほうが効果が高いこと、などがわかってきた。

2)     ERP以外の認知行動療法

ERPは認知行動療法ではなく行動療法と呼ばれることが多い。認知療法とは無縁の治療法だからである。強迫に使われる他の技法としてセルフモニタリングやハビット・リバーサル・トレーニング(習慣逆転法)がある。

認知的な認知行動療法の技法の場合、強迫の背景には特定の認知プロセスがあることを想定する。面接や課題によって想定された認知プロセスの変容を目指す。

  • 些細な刺激に対して、将来起こるかも知れない望ましくない結果を過度に結びつけて、強迫が生じる。刺激等価性などのメカニズムが想定される。
  • 自分は完全でなくてはならない,自分は破滅を防ぐだけの力がある、白黒思考などの不合理な信念のために強迫が起こっている。
  • 強迫観念の中の取り返しのつかない破滅的結末に対する過剰な責任感のために強迫が生じている。微小なリスク変動に対する感受性が強く、逆に大きなリスクには鈍感になっている。
  • 意識が一部の観念に集中し、全体を認識するメタ認知が弱くなっているために強迫の存在自体に気付かない。

具体的な方法としては強迫の図式化(図1)、セルフヘルプマニュアルを使った読書療法7)、動機づけ面接における複雑な聞き返し8)、思考中断法(Thought Stopping),円グラフ技法などがある。円グラフ技法とは過度な責任感があると考えられる場合に、想定される好ましくない結末に対する様々な要因を列挙させてその寄与の度合いを円グラフにさせ,患者本人の責任割合をそのグラフの中で考えさせるものである。

2.      活用が必要な状況

強迫症と身体醜形症や抜毛症などの強迫スペクトラム障害である。これらは他の疾患と比べると自然治癒がまれで、薬物も含めた他の治療法もその効果が見劣りする。

治療効果の検証を目的とした臨床研究の中で扱われるERPは次のように定義される。1)比較的高い恐怖刺激から始められる段階的エクスポージャー、2)入院などの制限された環境の中での数時間から1日にわたる厳密な儀式妨害、3) 10~20回程度のセッションを週に2~3回行う、4)自宅で行う患者が行う宿題,としたパッケージである5)。

こうしたERPによる臨床試験成績は以下のようになる。ERPを勧められた患者のうち25%がこの治療法を受けることを最初は拒否する。完全にやれてうまくいく患者は全体の67~90%である。やや改善以上の患者が85%,かなり改善以上の患者(重症度が50%以上改善)する患者が55%,改善後に再発する患者が25%である6)。

3.      活用のねらい

初期はマウラーの二過程説に基づき、エクスポージャーには恐怖刺激によって起こる不安反応を軽減する働き、儀式妨害には強迫儀式を軽減する働きがあると考えられていた2)。現在はこのような単純な考え方をしない。マウラーの仮説も捨て去られた。強迫に伴う情動は不安というよりも、嫌悪・後悔を避ける衝動、正義・納得を求める衝動だとされるようになった。強迫儀式は衝動を中和するというよりも、むしろ強化していると考えられるようになった。メカニズムに関しても情報処理理論やスケジュール誘発行動、付随行動として説明するようになった3)。

意識的な努力では観念の自発や儀式の反復を制御できない。機能的脳イメージング研究の結果などから、セロトニン動作ニューロンの機能異常や前頭前野-帯状回-大脳基底核の間を結ぶ回路の機能亢進などの生物学的な基盤の存在が想定される。ERPもこうした生物学的機能異常と関連づけられる4)。

ERPの後に認知療法が現れた。認知療法を支持する研究者はERP以外の方法を求めて、さまざまな工夫を行った。しかし、現在でも効果の点で標準的治療としてのERPの地位は揺るがない。ERPを行いやすくするための動機づけやメンタル・チェッキングなどの心の中で行われる儀式を妨害したりするなどの工夫が進んでいる。

図1 強迫の図式化 後悔恐怖の仕組み

1.      活用する際のコツ

1)     治療目標を設定する

強迫を治すと言ってもどこまで治りたいかは患者しだいである。治療目標を大きく3つに分けることができる。

  • 短期的症状軽減(ハーム・リダクション)
    一時的に苦痛や生活の障害を軽減し,最低限の日常生活が行えるようにする。必ずしも強迫からの回復にはつながらないが、一時的に苦痛から逃れることも最初は必要になる。儀式短縮化訓練,観念から注意をそらす練習などがある。
  • 長期的回復
    重症度を改善し,普通と同じレベルの日常生活が行えるようにすることである。治療者同伴ERPを行い、さらに患者が自分で自分を治せるようになることを目指す。2,3ヶ月に1回程度はブースターセッションでERPを行う必要がある。
  • 随伴する問題の改善
    学業や職場適応、家族問題などの強迫に合併するさまざまな問題を改善する。工場の検査部門で働く患者の場合、職業病的に確認強迫が悪化している場合がある。このような場合、職場との話し合いも必要になる。

2)     導入する

行動記録

治療目標が何であっても患者自身が主体となって自分の行動のパターンを知り,変えられるところを見つけて,自分の行動を実際に変えていくことが必要である。周りの理解が必要な場合でもあっても、理解を得られるようにするための行動は本人のものである。行動の変化は具体的な行動記録がなければ、起きたとしても起きたと知ることができない。観念がどのような文脈でどのようなトリガーによって起きるのかが記録されていなければエクスポージャーができないし、儀式の回数や時間が記録されていなければ、儀式妨害ができたかどうかが分からない。

自分の行動を自分でチェックできるセルフモニタリングを強迫においても治療の基本になる。またこれによって、強迫儀式の短縮化も可能になる。手洗い時間を記録するだけでも、一種の意識づけになる結果、2、3時間かかっていたものが半分程度になることがよくある。子どもの場合や重症者の場合は家族などによるモニタリングでも役立つ。

カウンセリング室ではトライアル的なエクスポージャーを行うと良い。患者自身は自己報告で「これが嫌」とするものが、実際に近寄らせて行動を観察するとまったく予想と異なった行動をとることがよくある。たとえば、不潔恐怖だと訴えていた患者が、実は加害恐怖(自分が汚れることで家族などの大事な他人を害することが怖い)という場合がある。

心理教育

観念と儀式、そしてそれらのトリガーは実に多様であり、常人には思いもつかないものであることがよくある。この結果、患者自身は「自分は名もないような特殊な病気にかかっている、だから治しようがない」と考える。どのように奇妙なものでも強迫であることを理解してもらう必要がある。

このためにはセルフヘルプ本7)9)や患者の治療体験談10)を読む、OCDの会などのサポートグループに参加する、集団教育に参加するなどが効果的である。

患者や家族はOCDと他の精神疾患との区別がついていない。OCDはうつ病などと違って休息や自然経過では治らないことを説明する。観念と儀式について具体的に現在、体験していることにもとづいて考えるように促す。行動分析を一緒に行い、儀式を行うことによって一時的安心は得られるが,長期的には強迫を悪化させることを本人自身の病歴から理解させる。嫌悪対象を避け,嫌悪感が生じたら手洗いをすることで,観念は薄まり,日常生活ができるようになるが,長期的には観念を悪化させていることを分かってもらう。「汚れた,嫌と感じて洗いたくなっても,洗わずに日常生活を行うようにしてみる」と患者が述べるようになれば,ERPに入る準備ができている。

図2 治療のアルゴリズム

1)     ERPする

ステップ1 説明し,希望を与え,動機づけを促す

ERPは儀式を完全に妨害しながら,患者を不快さに直面させることである。動機づけが十分な不潔恐怖・手洗い儀式の患者であれば,簡単な教示によって行わせることができるが,動機づけが乏しい場合,心の中の儀式がある患者は難しい。頭の中での良いイメージを思い浮かべ思考を中和するような行為は,患者の心の中だけで行われ,治療者はその存在に気がつくことすら難しい。中途半端な儀式妨害は強迫をむしろ悪化させる。

ERPが終わった後はどうなれば良いのかという目標(課題)も必要である。強迫が治ると暇になる。暇を持て余すと強迫が付け入ってくる。

ステップ2 エクスポージャーしながらチェック

エクスポージャーを始めるとその場で観念と儀式の起こり方を行動分析できるようになる。一般に,観念が起きやすい状況(仕事が立て込んでいない時や自宅でゆっくりしている時など)→観念が起こる直前のトリガー→観念→情動→1回目の儀式→観念と情動の確認→2,3回目の儀式→終了と移動のように一連の行動のチェーンがある。

行動がわかれば快感・強迫衝動を意図的に起こすことができるようになる。症状質問紙も利用すると良い。立ち向かうべき課題をリストアップし,困難な順序に並べるようにすること自体が恐ろしいことを思い浮かべることであり、それがイメージ・エクスポージャーになる。意図的に恐ろしい話題を30分程度以上、繰り返して話しあうようにする。

ステップ3 エクスポージャー課題

治療者が実際にするところをデモンストレーションする。次に患者が行い,治療者が賞賛し、さらに勧めるようにする。進んで不快感を味わうという態度が必要である。次第に難しい課題に向かうようにする。最低2時間は必要である。代表的なエクポージャー課題に次のようなものがある。

  • 汚れたままの手を舐める
  • スリッパの裏を触り,頭にのせる
  • 便器の中に手を入れる
  • 生魚・生肉を手でさばく
  • カードや免許証を置いたまま移動する
  • 宗教的な絵を踏む・駅で人にぶつかる
  • 持ち物の置き場所を逆・反対にする
  • 最悪のストーリー・最悪の歌
  • 部屋を移動しながらスイッチや蛇口などを連続して10箇所以上オン・オフ/開け閉めする
  • 身だしなみを乱し,顔にシールをつけて駅を歩く

ステップ4 儀式妨害課題 手洗いの例

  • 目に見える汚れは乾いたタオルでとってよい。このタオルは“汚れタオル”と呼び,最初から最後まで同じタオルを使う
  • 目に見えない汚れはとらない,他に広げる
  • 汚れタオルを足元,シーツにつける,手で広げる
  • ティッシュはなし。服,髪,手,足,顔を拭かない,洗わない。手でさわり広げる。
  • 食事前,手は洗わない,拭かない。食物で手を汚したときは,“汚れタオル”で拭いてよい。食事のテーブルも拭かない
  • 外出から帰ってきたら,手で顔・服・服の下の素肌,髪の毛,シーツ,枕カバーをくまなくさわる。ベッドに横になる。寝る方向を2回かえる
  • トイレ後の手洗いをしない。手を汚れタオルで拭く。拭き終わったら,身体中を手でさわって,体全体を汚す
  • 朝起きたとき、歯は磨いてよい。洗顔は駄目
  • 掃除はしてもよいが,終わったとき手を洗わず拭かない
  • 着替えの服など袋に入れて他に触れないようにしている物すべては袋から出して触り,汚す。
  • 次のように想像する「さわるものの全部が、同じように汚れている」「綺麗で洗わなくてもいいと思うところが一つもない」「自分は全部汚れてしまったので、もうこれ以上汚れることはない。今さら汚れても気にならない」

ステップ5 次を考える

行動療法は不快さに自ら直面していくことである。患者自身が独力で行動療法を行えるのは一部に限られる。行動療法を独力で行えなかったり,患者が更なる改善を希望したりする場合には3日間集団集中治療11)のようなことができる専門施設に紹介すべきである。

MEMO エクスポージャーとしての薬物

しばしば認知行動療法と薬物療法は対立する概念のように認知されているがそうではない。むしろ対立しているのは認知行動療法の中でのリラクセーションのような不安減弱技法とERPのような不安増強技法である。同じように薬物療法の中でも抗不安薬の頓服とSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors、選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の継続的服用は対立する方法である。強迫の患者の中に、SSRIを服用することを頑強に拒む者がいる。飲むように勧めると、飲みたくない理由をさまざまに出してきたり、飲んでもいいが十分に納得してからでないと飲めないとして質問を繰り返してきたりする。ERPが十分に進んで改善している場合はよいが、そうではない場合や抗不安薬の頓服に頼っている場合には、SSRIを拒むこと自体が強迫だと考えると良い。「飲んでもすぐには結果がでない薬をあえて何週間と体に入れ続け、その結果、何年後には副作用に悩み、飲んだことを後悔するかもしれない」このような観念があることを想定して、本人のアンビバレンスに共感し、薬(本人にとっては毒に見えている)を敢えて飲んでみることがERPなのだと説明する。

参考文献

1)        Meyer, V. Modification of expectations in cases with obsessional rituals. Behaviour research and therapy. vol. 4, no. 4, p. 273–80.1966,

2)        Foa, E. B., Steketee, G., Milby, J. B. Differential effects of exposure and response prevention in obsessive-compulsive washers. Journal of Consulting and Clinical Psychology. vol. 48, no. 1, p. 71–79.1980

3)        原井宏明. 【不安の病理と治療の今日的展開】 強迫の不安理論 認知行動療法の視点. 臨床精神医学. vol. 39, no. 4, p. 445–449.2010,

4)        Nakao, Tomohiro, Okada, Kayo, Kanba, Shigenobu. Neurobiological model of obsessive-compulsive disorder: Evidence from recent neuropsychological and neuroimaging findings. Psychiatry and Clinical Neurosciences. vol. 68, no. 8, p. 587–605.2014,

5)        Foa, Edna B. Workshop: Behavioral Treatment of obsessive-compulsive disorder, at the Third World Congress of Behavior Therapy. Edingburgh, 1988,

6)        Jenike, Michael A. Obsessive–Compulsive Disorder. n engl j med. vol. 3503, 2004

7)        原井宏明, 岡嶋美代. 図解やさしくわかる強迫性障害 : 上手に理解し治療する. 東京, ナツメ社, 2012

8)        原井宏明. 方法としての動機づけ面接. 東京, 岩崎学術出版, 2012.

9)        原井宏明, J・S・マーチ, K・ミュールほか. 認知行動療法による子どもの強迫性障害治療プログラム. 東京, 岩崎学術出版, 2008.

10)      クリチョコ. “3日間の集中治療が私を変えた”. とらわれからの自由 No.10. OCDの会, 2016, p. 62–65.

11)      原井宏明, 岡嶋美代, 平田祐也ほか. 3DI-強迫性障害3日間集団集中治療. 精神科. vol. 31, no. 6, p. 505–510.2017,

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