成人の精神障害の10年 キーワード別文献件数による研究の動向. 行動科学, 34(1), 31–36. 1995

英文Abstract

The changes of the researches on adult mental disorders in the last decade were reviewed. The author counted articles with interested keywords on major journals of behavior therapy and general psychiatry. CD-ROM search method was employed. The author found significant changes of the number of articles with certain keywords. The inpact of these changes on clinical practice and reaserch was discussed.

Ⅰ はじめに

10年間かつ成人の精神障害全般という私に与えられたテーマは、私が自分で知りうる範囲を越えている。そこでこの総説では、対象を行動療法と精神医学一般についての英語圏での研究テーマの変化に絞ることにする。行動療法で代表的な英語雑誌であるBehavior Research and Therapyと精神科一般で代表的な英語雑誌である、American Journal of Psychiatryの二つの雑誌について、過去数年から10年間前後の論文の動向をキーワード毎の文献件数から探ることにした。

Ⅱ 方法

Silver Platter上のMedlineを利用してBehavior Research and Therapy(以下BRT)の1980から1993年までの14年間の文献と、American Journal of Psychiatry(以下AJP)の1988から1993年までの6年間の文献について、MESHのディスクリプタキーワード(*がつくもの)を対象に特定のキーワードを持つ文献件数を調べた。キーワードは出現頻度が高く、特異的なものを選択した。Therapy、method、affectなどのもともと出現頻度が多いもの、意味が広いものは外している。BRTではBehavior Therapyは検索の対象から外した。Depressive disorder、Depressionなど同様の意味を持つキーワードが同一の文献に複数現れている場合がある。こうした場合に同様の意味のキーワードはまとめてカウントするために、キーワードの一部を取り出し、それを検索の対象にした。たとえばDepression関連のキーワードである、Depressive Disorder、Depressionをもつ文献を数えるためには、”depressi”を検索した。

Ⅲ 結果

1.BRTの結果

Table1とTable2に件数合計上位16のキーワードについての文献件数を2年毎にまとめて示した。Table1は診断名に関連するもの、Table2は治療や研究方法などに関連するものを示す。件数の傾向を知るために、1980~86年と87~93年の前後に分けたときの前後の件数の差を示した。△は前半から後半で増加したこと、▼は減少したことを示す。一つの文献には複数のキーワードがつけられるので、キーワード毎の頻度の合計とその年の総文献数は一致しない。1980~93間の文献数は増加傾向はない。しかしTableでのキーワード毎の頻度の合計は、80~81年の110から92~93年の228へ着実に増加している。年を追うにつれ、一つの文献に付与するキーワードが増加していることを示している。

 

疾患に関するキーワードについては、Panic-、Anxiety-,Personality-、Anxiety-Disorders-、Painの順に増加している。Panic-、Personality-、Painについては80-1年には頻度が0であったが、この10年前後に急に増加している。一方、Agoraphobia-、Alcohol、Social-、Depressiは減少し、Phobic-Disorders、Obsessive-Compulsive-Disorder-は微増である。Panic-はPanic Attack、Panic Disorderを、Personality-はPersonality Disorder、Personality test、Personality inventoryなどを、Social-はSocial Phobia、Social Behavior、Social Adjustmentなどを、DepressiはDepressive Disorder、Depressionのキーワードを含む。

これらのことからPanic Disorder、 Painに関連した研究が増えたと考えられる。 Personality関連の増加はpesonality test・inventory関連の増加によるものでpesonality disorderのキーワードをもつ文献は1件のみであった。Anxiety disorderの増加はPanic Disorderの増加によるものである。他の不安障害の、Agoraphibia、Obsessive Compulsive Disorder、Phobic Disordrerに関連した研究は増えていない。不安障害のひとつのSocial Phobiaのキーワードを持つ文献はなかった。

疾患以外に関するキーワードについては、Cognitive-Therapy、Diagnosisの増加が目立つ。Cognitive-Therapyは89年に初めて出現している。Diagnosisは82年が最初である。

Desensitization-とConditioning,-Classicalは大きな変化はないが、89年はどちらも8件出現し、この年に集中している。Rehabilitationは80~81年には34件あったものが88~89年には0にまで減少している。

2.AJPの結果

Table3とTable4に件数合計上位23と精神療法に関連するキーワードについての文献件数を年別に示した。Table3は診断名に関連するもの、Table4は治療や研究方法などに関連するものを示す。1988~90年と90~93年の前後に分けたときの前後の件数の差を示した。△は前半から後半で増加したこと、▼は減少したことを示す。

疾患に関するキーワードについては、Panic-Disorder、Schizophrenia、Stress-Disorderの順に増加している。Panic-Disorderについては91年が初出であり過去3、4年の増加が目立つ。これはBRTの場合と同様である。Stress-DisorderはPost Traumatic Stress Disorderを含む。

Anxeity DisorderとAlcoholismは減少傾向にある。Depressive Disorderは増加はないが、期間中の全文献数が242であり、全体の17%を占め、数の上で他の疾患を圧倒している。

Depressive関連のキーワードを持つ文献を更に分類してみた。6年間全体での文献件数はDepressive-Disorder-diagnosisのキーワードを持つ文献は86件、Depressive-Disorder-drug-therapyは36、Depressive-Disorder-therapyは31、Depressive-Disorder-epidemiologyは20であった。Depressionでは診断関連の研究が盛んであることがわかる。

疾患以外に関するキーワードについてはdiagnosis、epidemiologyの増加が目を引く。これらは、件数自体も多く、Diagnosisは件数のトップである。精神療法では、Cognitive Therapyの増加が目立つ。behavior-therapyは横這いである。Psychoanalyは減少している。PsychoanalyはPsychoanalysis-、Psychoanalytic-Interpretation、Psychoanalytic-Theory、Psychoanalytic-Therapyを含む。

Ⅳ 考察

1.疾患別にみた研究の動向

1)恐慌性障害と外傷後ストレス障害

1980年代までは神経症は現実検討が保たれること以外は共通点の乏しい雑多な疾患の集りであった。DSMIIIでは、精神分析での病因論と結びついており、経験的な後ろ盾がないことから、神経症という名がなくなった。神経症という名前の扱いは現在でも議論が続いており、1993年に刊行されたICD10の日本語訳では神経症性障害という名前で残している。

従来、発作性不安神経症や心臓神経症、de La Costa Syndromeと様々に呼ばれていた疾患にDSMIIIで恐慌性障害(Panic Disorder)という新しい名前が与えられた。現在では最もよく研究されるテーマの一つになった。新しく認知されたことだけでなく、数が多いこと、治療方法があることなどが活発な研究の原因になったと考えられる。BRTでは1984年、AJPでは1991年が初出だが、1993年にはBRTでは文献数で2位に、AJPでは4位になっている。恐慌性障害は薬物療法が特異的に有効であることが示されたことでも新しかった。比較群を用いた多数例無作為試験の結果、恐慌発作の抑制には精神療法はあまり期待できず、抗うつ薬かalprazolamが有効だとわかった。それまでは、神経症の治療では精神療法が主役と考えられていたので、このことは多くの議論を生んだ。

他の不安障害では、強迫性障害もBRT、AJPともに件数は恐慌性障害よりかなり少ないながら、文献数を増やしている。強迫性障害も恐慌性障害と同様に、薬物の効果と精神分析の無効性が比較群を用いた多数例無作為試験で確かめられている。行動療法も同様に有効性が確かめられ、強迫性障害治療の第1選択になった。恐慌性障害と強迫性障害はPETやSPECTなどのによる脳機能上の異常所見や、薬物誘発による恐慌発作、強迫性障害の動物モデル、遺伝負因を示すデータなどが蓄積してきている。これらは心理社会的な原因によるものとは呼べなくなり、精神分析による理論や治療法は立場を失っていった。(この項はKaplan,H.I.,Sadock,B.J.,Grebb,J.A.(1994)を参照)

これらの二つの不安障害と比べると、他の不安障害である恐怖症と社会恐怖はあまり研究が増えていない。特に、社会恐怖はBRTでは減少しており、件数も不安障害の中で最も少ない。AJPでも少なく、今回の調査では23位以下であった。Liebowitz(1985)が述べるように、社会恐怖はこれからもっと研究されてもよい領域だと考えられる。

外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder)は、この数年で研究が増加している。ベトナム戦争、多発する犯罪などアメリカの実状を反映していと思われる。日本でも95年1月の阪神大震災後、よくメディアに現れるようになった。

2)うつ病性障害

うつ病の研究は、増加傾向はないものの、AJPでは数で他を圧倒している。うつ病を含めた気分障害はDSMIII、R、IVと改訂されるに従って、下位分類が他の障害と比べると特に増加している。気分変調性障害や気分循環性障害、minor depressionなどのような軽症だが慢性に経過する気分障害の研究が進んできた。これらは今までは正常、あるいは神経症、人格障害とされてきたものである。このことは、AJPでうつ病の文献の中では診断の研究が最も多いことに反映されている。うつ病は薬物でも最近大きな変化が起きた。選択的セロトニン再取り込み阻害剤(Serotonin Specific Reuptake Inhibitor,SSRI)がこの数年で現れてきた。既にアメリカでは、抗うつ薬の市場でSSRIがトップを占め、従来の三環系抗うつ薬は使われなくなってきている。日本では未発売である。

リハビリテーションの減少、パニック障害に代表される不安障害、うつ病の研究の増加は、精神科の研究の関心が、重い精神障害から、従来は精神障害として認識されていなかったような軽い疾患に移ってきたことを物語る。

3)行動医学

痛みの研究の増加が見られる。これは行動療法を身体疾患に応用した行動医学の発展を反映していると考えられる(Goodwin 1994)。

2.治療法などの研究の動向

1)操作的診断基準・構造化面接

1980年にDSMIIIが刊行された。これは米国の精神医学が精神分析主導の研究・教育から転換する契機になった。DSMIIIが必要とされた経過は保険会社などの米国特有の事情があるが、現在では20カ国語以上に訳され世界に影響を及ぼしている。診断基準のおかげで精神科医でなくても診断がつけられるようになり、人手を使った疫学研究・多数例群間比較研究が行いやすくなった。先に述べた恐慌性障害や気分障害の活発な研究もDSMIIIが可能にしたと言える。診断の正確さを得るために、診断基準だけでなく、診断の根拠になる情報を得る方法も規定することが考えられ、SADS,SCID,CASHなどの構造化面接が開発されようになった。これらは疾患に特異的な構造化面接まで含めると数え切れない。診断基準自体もそれ自身が促した研究の結果、修正すべき点が明らかになり、数年おきに改訂が行われている。1993年にはICD10の日本語訳が、1994年5月にはDSMIVが刊行された。

私が精神科医になりたての10年前は、診断は無意味だ、治療には関係ないという言葉をよく聞いた。精神分裂病と躁うつ病を同一の疾病としてみる単一精神病の見方や、精神分裂病と診断することは異端者を除外するための社会の仕組みであるなどの反精神医学の見方がはやった時期もあった。疫学・神経科学の研究の研究の結果、精神医学の知見は、個人の経験や個人的に信奉する理論から専門家が語る客観的証拠のない意見から、研究者が多数例を集めたデータからまとめた考察になった(Wilson,M.1993)。

2)治療法

BRTでは認知療法の研究が1988年から年々その数を増やしてきている。AJPでは、精神分析、行動療法、認知療法が精神療法の中で現れている。認知療法は1990年に始めて出現した新顔だが、1993年には他の二つより多くなっている。行動療法は年に1~3件で特に増減はない。精神分析は年に1または2件である。60、70年代と比べると大きく減っていると推測される。

Ⅴまとめ

医学の他の領域と比べて、成人の精神障害の領域は変化が少ない方であろう。それでも、この10年間の研究の変化は、精神障害の知見・治療の仕方、研究の仕方についての大きな変化を反映している。この変化は研究者はもちろん、臨床家にも無視できないものだと考える。日本語の文献を総説した論文(松下 1994)によれば、気分障害と神経症の項では、ここで述べたのと同様に軽症うつ病と恐慌性障害への関心の高まりがあるとされている。しかし、診断や疫学、精神療法の分野ではここで述べたような変化は見られていない。私個人にとっては、行動療法の地位が低いことが残念である。また、研究ではここで述べた変化が日本でも見られるとしても臨床や教育ではまだ影響が現れていないように思う。

臨床家の中には、自分の臨床経験に自信を持ち、実際は数も対象も限られているのに関わらず、自分が自分の患者で経験したことが正しいと考える人が見られる。そして、臨床家ではない研究者が述べることや教科書や文献に書かれていることに対しては、自分の意見と異なれば、臨床を知らない人間の考えであるとしてこれらを無視し、自分の意見と同じならば、これらは目新しさがないのでわざわざ知る価値はないとすることが見られる。米国で見られるような、治療の効果が実証できなければ保険会社が支払いをしないとか、患者や家族が組織を作って治療の改善を求めるなどの外圧が必要なのかもしれない。

この論文の要旨は日本行動科学学会第10回ウィンターカンファレンス(1994年3月)にて発表した。

参考文献

Wilson,M.(1993)DSM-III and the transformation of American psychiatry: a history,American Journal of Psychiatry,150,399-410

Liebowitz MR.Gorman,JM,Fyer AJ.(1985)Social Phobia review of a neglected anxiety disorder,Archives of Generan Psychiatry, 42;729-736

Goodwin,F.K.(1994)Contempo’94 Psychiatry.JAMA,21,1707-1708(JAMA 日本語版 1994年10月号 52-53)

Kaplan,H.I.,Sadock,B.J.,Grebb,J.A.(1994)Synopsys of Psychiatry 7th edtion.Baltimore,Williams & Wilkins

松下政明(1994)臨床医学の展望 精神医学,日本医事新報,3642,48-54

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