原井宏明. (2002). 慢性の経過をとる患者に対する精神医学的マネージメント,上島国利,中根允文 (編), パニック障害治療のストラテジー (pp154–164) 先端医学社

表題      慢性の経過をとる患者に対する精神医学的マネージメント

著者名    原井 宏明

所属       国立療養所菊池病院臨床研究部

Title Coping with chronic course of panic disorder

Key Words パニック障害,経過,転帰,コンプライアンス,治療者患者関係

Panic disorder, Course, Outcome, Compliance, Adherence, Therapist and patient relationship, Tutorial

l  医学の進歩と慢性疾患

医学は昔に比べて著しく進歩した。予後に関する知識の増加や,検査や診断,治療方法の進歩は数年前のものは時代遅れになるぐらいに著しい。しかし,治療技術上に著しい進歩があった場合でも全ての患者を完治にさせるまでに進歩した例はほとんどない。進歩とは疾患を以前より効率的にコントロールできるようになったということである。今の医学では,疾病を持つ患者の全てを完全に回復させることはできないし,一旦回復してもしばしば再発する。誰が回復し誰が再発するかを完全に予測することもできないので,治療の結果を確実に予見することもできない。

パニック障害(Panic Disorder)にもこのことが当てはまる。20年前には考えられなかったような治療が開発され,パニック障害の研究と治療法開発は精神医学の歴史の上,画期的な出来事であるといえる。しかし,根治できるようになったわけではないし,その見通しもない。パニック発作の抑制と広場恐怖のコントロールにある程度,成功するようになっただけである。疾患をコントロールするためには,疾患本体の治療の他に合併するさまざまな精神,身体的な問題に対する対処と治療をささえる環境整備が必要である。これを精神医学的マネージメント(Psychiatric Management) [1]と呼ぶことにしよう。

さて,この解説の目的と構成を説明する。最初にパニック障害について教科書的ではないが,診療上重要であると思われることを解説した。パニック障害の特徴や治療,経過についての一般的な事柄は他の章,例えば“再発防止のための長期的フォローアップ対策”を読んでいただきたい。つぎに,長期の経過がわかっている症例一例を例示し,長期経過のマネージメントの仕方について論じた。症例は複数の症例を合成し,解説の目的に合うようにしている。パニック発作を抑制する薬物がいくつかあるが,この解説では,それらをまとめて“抗パニック薬”と呼ぶことにする。

この解説の限界について述べる。ここでは実地臨床で生じる疑問と,重要だが成書にはあまり触れられていないことについて解説することを目標にした。エビデンスや既存の治療ガイドラインによるように努力したが,筆者の個人的体験に基づくものが多い。記載の中には既存のエビデンスに反するものがあると思うが,見つけられたならばぜひ筆者に教えて欲しい。臨床的疑問についても,もっと重要な疑問がある,と思われる方は,それも筆者にご教示いただけると幸甚である。

l  パニック障害のわかりにくさ

パニック障害の症状や経過の教科書的記載はわかりやすい。しかし,慢性疾患としてみると,パニック障害はわかりにくい病気である。それについて述べよう。

治りやすいが,完治しない;慢性かつ不安定である

パニック障害は,治りやすい。パニック発作が抑制されることを効果ありとした場合のプラセボ対照無作為割付臨床試験では,プラセボ群でも50%以上の患者においてパニック発作の抑制が得られる [2], [3]。実薬群では80%程度の患者においてパニック発作の抑制が得られる。うまくいけば8割は改善するが,効かないはずの薬を出しても半数以上の患者は改善するのである。これだけ考えれば,パニック障害におけるパニック発作を減らすことは容易である。

一方,長期経過を見ると完全に症状がないと判断される患者は10%程度以下である。これは研究対象や研究期間,評価方法によって異なる。パニック発作がない,ということだけであれば患者の50%前後がそうなる。恐怖症状や生活の障害を評価するともっと悪くなる。DSM-IV-TRによれば4年後の治療後転帰について,30%が良好,40~50%が改善するが症状が残存,20~30%は不変または悪化とされている [4]。6週間~10週間の急性期の試験においてパニック発作の抑制を元に判定される治療の効果と長期経過の間には差がある。

パニック障害とは何をやっても良くなるし,何をやっても“完治”しない疾患である。重症度が変りやすい安定しない症状,どうなったら治ったことになるのかわからない見通しのなさは患者を悩ませる。

前兆をとらえにくい→予防しにくい

慢性に経過する精神障害の精神医学的マネージメントは,再発の予防と悪化の前兆を捉えて早めに対応し,悪化による日常生活への影響を最低限にするということが目標になる。この点では他の精神障害の方がパニック障害よりも扱いやすい。精神分裂病や強迫性障害に対する薬物療法では,改善した場合でも残遺症状があり,維持療法を止めれば再燃してくる。悪化の仕方は緩徐であり,前兆を捉えることが出来る。気分障害は病相期と寛解期を繰りかえすが,病相期のきっかけと期間と症状にはパターンがあり,予防的処置ができる。

一方,パニック障害では完治しないと言っても,経過の一部だけを捉えれば発作がなくなり完全に良くなったと思える時期がある。それが1,2年続くこともある。抗パニック薬を止めてもすぐには再燃の徴候はない。このような一時的に良くなった時期に,患者は“完治した”と考え,治療をやめる。そして前触れなく再発する。再発したときには患者がとる行動は以前とったときと似た行動,例えば救急・内科受診,である。前兆を捉えようにも急激な発症と行動の変化を起こすので,不適切な受診を予防することはできない。パニック発作再発の前兆を捉え,そのときすぐにパニック障害への対応ができるようになることはこれからの研究課題である。

l  うつ病との合併

うつ病はもともと多い

パニック障害にうつ病が多いこと,うつ病を合併すると予後が悪いことは成書でよく指摘されている。報告によるがパニック障害の患者の10~65%にうつ病エピソードの合併があるとされる。うつ病が合併することについて考えてみよう。

表 1  DSM-III-Rによる18~54歳の一般人口についての精神障害有病率(%) NCS研究

[8]

 

現在(過去12ヶ月) 生涯
アルコール依存症 7.4 14.9
全ての気分障害 11.1 19.7
大うつ病性障害 10.1 17.3
気分変調性障害 6.7
全ての不安障害 15.3 22.8
パニック障害 2.2 3.6
社会恐怖 7.4 13.3

 

うつ病はもともと多い。表1に米国での一般人口対象の調査結果を示す。大うつ病性障害の生涯有病率は17.3%である。パニック障害の患者の1/5がうつ病になったとしても不思議はない。そして,うつ病はあらゆる疾患の予後を悪くする。例えば心疾患による死亡のリスクはうつ病の存在によって高まる [5]。うつ病の精神病理は,意欲の低下と絶望である。治療意欲が下がり,治療の結果に期待しない精神状態では,治療成績の向上は望めない。まとめると,パニック障害に限らず,また精神疾患に限らず,あらゆる疾患でうつ病は合併疾患として頻度が高く,かつ予後に悪影響を与える。うつ病は見過ごされやすい疾患でもある。存在に気がつけば,有効な治療方法を使うことができ,自殺も予防できるかもしれない。うつ病を積極的に診断することは重要である。

うつ病は一次性も二次性も同じ治療をすべきである

他と合併しているうつ病を治療する時に重要なことがらがある。うつ病を原因で分類してはならない。しばしば,一次性,二次性,心因,内因のようにうつ病発症前の出来事を原因とみなしてうつ病を分類し,治療方法を変えることが行われるが,いままでの臨床研究でこのような考えを支持するものはない。ライフイベントがあろうとなかろうと,パニックがあろうとなかろうと,うつ病の治療は同じように行われるべきである。

うつ病の前兆のパニック発作,重症化としてのパニック発作

では,うつ病とパニック障害には特別な関係はないのだろうか。図 1にパニック障害とうつ病の合併のパターンを図示した。パターン2のような場合が全体の患者の1/3,パターン1,3が残りの2/3にあたるとされる。

図1挿入

パターン1では,パニック発作はうつ病エピソードの前兆になる。パニック発作はうつ病発症の前兆であり,原因と考えるべきではない。パターン2では,パニック発作はうつ病の重症化を示す。この1と2のパターンについてはうつ病とパニック障害は一体のものと考えた方が良い。うつ病が二次的なパニック発作を起こしていると考えるべきである。パターン1のような場合を繰り返すうつ病の患者に対して,パニック障害の治療を主眼に置くことは正しくない [6]。 純粋に独立して起こり,それぞれの治療を行うべき例は,パターン3のような場合である。

不安は人を駆り立てる,うつは人を絶望させる

通常の診療経験をお持ちの方であれば,不安とうつは共存するのが普通と思われているだろう。うつ病の合併と言われてもそれは当然,あるいは不安とうつの鑑別は困難だと思われているだろう。

しかし,診療現場で見かけることは稀だが,全般性不安障害だけが存在し,うつ症状はない人は確かに存在する。表2に不安とうつの精神病理の違いを表に示した。

表 2 不安とうつの共通点と違い

不安 うつ
共通するもの 全般的な不快感,苦痛感
異なるもの 行動量 覚醒レベルがあがり,援助を求めて活動的になる。落ち着かない。 精神運動抑制,著しい場合は昏迷
ストレスに対する対処,回避行動 嫌なことを回避しようと努力する 苦痛から逃げることが可能な場合も逃げない。
将来についての認知 自分から何かをすれば問題は良くなると考える。 絶望し,この先は悪くなるばかりと考える。自分が何かをしても何も変らない,援助を受けても変らないと考える。”Hopeless, Helpless”
情動 怖い,怯える 悲しい,泣く,厭世感
相談・受診行動

医療機関との関係

家族や知り合いにすぐに病状を相談する。他人に依存的になる。

強いパニック発作後にはすぐに受診。発症から受診までの期間が早い。

自分から積極的に受診する。

病状を人に話すことは少ない。特に男性は病状を家族にも隠す。

初発時,再発時の初期~悪化のピーク時までは受診しない。ピーク時を過ぎた発症後2,3ヵ月後に精神科を受診する。

医者を変えることが少ない。受診しなくなっても他に転医している可能性はない。

症状消失後の認知 不安であった状況を良く覚えている。そうならないように努力,回避する。 状態依存学習(State dependent learning) 健康になるとうつ状態の時に考えていたことを思い出せない。

うつ状態になると健康であった時のことを思い出せない。

 

不安とうつ病を区別して見る時に役立つ概念として,状態依存学習(State dependent learning)とうつ病原性スキーマ理論(depressogenic schemata) がある。これらは,不安やうつの原因を説明するものではないが,現在の状態を維持する機構を説明するモデルとして良く出来ている。

状態依存学習とは,記憶と情動に関するネットワーク研究において見出された現象である。うつ状態にあるとき,うつ病の患者はうつ状態になったときに思い出せるように知覚をコード化して記憶として蓄積する。うつ状態に陥ることが,過去のうつ状態の時に関連した記憶を思い起こすきっかけ刺激になる。スキーマ理論は,うつ病の患者では自己に関する否定的なスキーマ(物事を解釈する仕組み)があり,そのために否定的な思考を起こしやすく,過去の否定的なライフイベントを思い起こしやすくなり,これらの結果,現在の状態を否定的に考える。この結果,否定的なスキーマが更に強められるという悪循環が生じる。

不安状態の患者は,脅威に関連した言葉に対する選択的な注意を示すが,うつ病の患者ではそのようなことはない。うつ病の患者では過去にうつ状態であったときの否定的な出来事を選択的に回想する。うつ病の患者は今ここにある脅威にはあまり注意を払わない。

うつで最も気をつけるべき症状は絶望である。不安や不眠,心気症(自分の体に関する不安)を訴える患者は良い。しかし,もはや訴えても無駄であり,自分は何によっても救われることはなく,これから良くなることはない,と絶望している患者は,人に助けを求めず,自分の苦痛を他人に訴えない。治療がもっとも届きにくい患者である。

広場恐怖などの恐怖症には自殺が少ない

パニック障害とうつ病が独立した疾患であることを示唆するもう一つの良い例は自殺である。表 3にDSM-III-R診断別の自殺企図・希死念慮の比率をしめす。自殺は希死念慮×衝動性の結果である。一番高いものから見れば,躁病>大うつ病>気分変調性障害>アルコール依存症である。広場恐怖と社会恐怖は自殺企図が最も少ない部類に入る。

表 3  DSM-III-R診断と自殺企図・希死念慮(Odds Ratio) NCS研究

[9]

 

自殺企図 念慮
気分障害
大うつ病エピソード 11.0 9.6
気分変調性障害 7.8 7.7
躁病 29.7 15.5
不安障害
パニック障害 5.6 3.9
広場恐怖 2.8 2.9
社会恐怖 2.1 2.2
PTSD 6.0 5.1
アルコール依存症 6.5 4.6

数字が高いほど,自殺の可能性が高い。自殺企図は衝動性も関連するため,躁病が最も高い。恐怖症は自殺のリスクが低い。

パニック障害と広場恐怖のみであれば,患者は“死にたくない”,“病気や死が恐い”と訴えることはあっても,自殺することはあまりない。うつ病,アルコール依存症を合併してきたら心配しなくてはならない。

l  365日24時間いつでも診てください,安心させてください,完全に治してください

パニック障害の特徴のひとつは患者の受診行動である。筆者に相談があった例からの経験であるが,いったんパニック障害と診断された患者の医療への願いは,パニック発作の時にいつでも直ぐに診察を受けることが出来て,しかもその医療サービスに安心させてくれるだけの専門性・信頼性があることである。また,いったん落ち着いたあとには,薬を飲まなくてもいい方法はないか,まだ不安感が残るが,完治する方法はありませんか,という質問が現れる。医師がこれらの願いに応えないでいると,ネットや知り合い,本などから,情報を探してきて別の医療機関を受診したりする。医療ではなく,宗教や民間療法である場合もある。

このような行動や願いはパニック障害の結果である。医師として望ましい対応は,不適切な行動や考えであるとしてこれらを否定するのではなく,患者の希望として受け入れ,有害なものだけに限って止めるようにアドバイスすることだろう。たとえ,患者の希望する治療法が高価でかつ根拠が乏しくい場合でも,患者自身の考えは尊重すべきだろう。宗教や民間療法によってパニック障害が良くなる可能性は,抗パニック薬の臨床試験におけるプラセボ群と同等かそれ以上あるだろう。現代医学では治療の結果を確実に予見することはできない。患者の経過はさまざまで自然に治ることもあるので,どのような疾患でも積極的な治療と積極的な介入はせずケアのみで経過を観察するという二つの選択がある。日常臨床では患者が医師を素朴に信頼していることを前提に医師が治療方法を選択する。しかし,定まった標準的治療法が確立している場合を除いて本来は患者が治療の選択を決めるべきものである。

l  発作から11年,パニック障害として治療を受けてから15年の症例A

10年以上経過があるパニック障害の症例を紹介しながら,長期経過の中でのケアのポイントをまとめていくことにしよう。図 2に症例のライフチャートを示す。

図2挿入

症例:48歳男性 主訴:不安発作,疲労感,不安感

元来,運動好きだった。23歳,新入社員研修の後,パニック発作が初発した。救急病院を受診したが異常はなかった。この後,発作が繰り返し,数カ所の内科医を受診した。心臓神経症と言われたが,納得できず心臓カテーテル検査も受けた。広場恐怖がおこり,自宅から出られなくなる時もあった。

26歳から,精神科を受診するようになった。3箇所の精神科を受診した。不安神経症と診断された。森田療法や抗不安薬の投与を受けた。パニック発作と広場恐怖は軽快と増悪を繰り返しながら続いた。軽快期に結婚し,一子をもうけた。心臓の心配や救急車利用はなくなったが,発作の後に近くの内科医院に駆け込むことはしばしばあった。1年のうち,3週間程度は病休を取り,2週間程度の入院をした。職場での立場と夫婦関係は次第に悪化してきていた。

33歳,広場恐怖が重くなり,病休をとった。精神科に4回目の入院し,筆者が担当医になった。筆者は,広場恐怖を伴うパニック障害と診断し,入院中に次のような治療を行った。1)抑うつ・不安の評価とセルフモニタリング,2)認知修正と患者教育,3)不安対処法,パニック発作時の過換気の抑制法の教示,3)内部知覚に対するエクスポージャー(Interoceptive Exposure),具体的には2メートルから3kmまでの段階的なジョギング,4)恐怖状況に対する現実エクスポージャー,5)イミプラミン(最大100㎎)の投与,である。1ヶ月後には発作は抑制され,広場恐怖も軽快した。退院し,職場に復帰した。外来通院治療を継続した。

職場復帰後3カ月後に,通勤中のバス内でパニック発作を起こした。そのまま救急病院を受診し,職場を欠勤した。この後から,不安,疲労感が強くなり,公共交通機関を避けるようになった。職場を早退したり,休んだりするようになった。症例からの不調を訴える電話に対して,筆者は次の説明を行った。1)いつものパニック発作であること,2)エクスポージャーをすること,すなわち,バスに乗ること,職場にいる時間を長くしていくこと,3)イミプラミン継続服薬の遵守,である。退院後すっかり良くなったように見えたにも関わらず,急に病状が悪化したことに対して,上司の不信感が強かった。筆者は上司への説明を行い,また症例本人に対しては上司に対する接し方,説明の仕方を訓練した。

症例は職場に行き始めた1週間後,上司から仕事振りや対人関係について叱責され,不安になったが乗り越えることができた。この後,広場恐怖は軽快した。

イミプラミンを100%服用するようになってからは,完全なパニック発作はみられなくなった。2年間後には症状限定性発作もなくなった。“パニック日記”と不安状況に対するセルフエクスポージャーは継続していた。セルフエクスポージャーの結果,一人乗りヨットの教室に参加するようになり,これは本人の楽しみになった。仕事でも遠方への出張を積極的に買って出るようになった。入退院を続けている間,子どもをもうけることを避けていたが,36歳に第2子が生まれた。

3年後,36歳,服薬を中止し,半年後,外来通院も終結した。38歳,症例から連絡があり,体調不良であること,手掌の筋肉が痙攣し,萎縮しはじめたように感じ,筋萎縮性側索硬化症ではないかと心配であるという訴えがあった。話をよく聞き,診察し,“パニック日記”をチェックすると,症状限定性発作が繰り返していることがわかった。深部腱反射や筋力には異常がなかった。心気症状が出現していると考えられた。しかし,筆者は専門医ではなく,また筋電図などの設備がないため,神経内科を受診するようにした。結果は正常であった。イミプラミンの服薬を再開した。

服薬継続中にも身体的不調はあった。41歳の全身性の蕁麻疹が生じた。42歳には,突発性のめまいと右耳の難聴が生じた。最終的に耳鼻科にて突発性難聴と診断された。発作自体はなく,イミプラミンの量を本人が調整して服薬するようになった。43歳のときに再び,イミプラミンを中断した。1年後,再び,手掌の筋肉が痙攣するという訴えがあり,38歳のときと同じような心気症状がみられた。イミプラミンの服薬を再開するようにし,現在まで30mg程度の服薬を続けている。SSRIなど新しい薬剤への変更は試みていない。筆者が担当してからは,抗不安薬は使用していない。

15年という長期経過になると,パニック自体のことよりも,他の身体疾患に関する相談と日常生活,社会生活の相談の時間が治療の時間の大半であったようである。症例の友人の病気に関する相談も良くあった。精神療法に関しては,エクスポージャーを主とした行動療法を行った。途中から患者自身の行動(ヨットの趣味,出張を買ってでる)に組み込まれ,セルフエクスポージャーとして継続した。

精神療法としてのエクスポージャーは必須のことがらであったといえるだろう。それ以外の点では,どの治療方法をするかということよりも,どれだけ,総合的な精神科医の能力をもっているか,患者の求めに応じて患者を診察する余裕があるか,ということの方が大切だと思われる。合併診断をとらえることができること,最新の医学情報を検索し理解し,目の前の患者に適用できることがパニック障害を診療する医師に求められる能力である。

長期経過について何が重要であったかについては,症例本人の最近の言葉を借りる。

 

今まで,イミプラミンの量は自分で調子をみて加減していました。以前は,「最終的には服薬せずに生活したい」と思っていましたので自分で減らす様にしていました。一年くらいは服薬せずに調子を維持できていました。しかし,開店準備などで忙しくしていた頃,筋肉がピクツキはじめ,それに非常に捉われてしまい,混乱して原井先生にご相談した様に覚えています。

先生にお会いして,「発作が起こっているようですね,慢性経過では色々身体症状が出てきて身体の違和感に固着するなどがあるようです。」と話して下さって,「そんな事があるのだ。相手はそうとう手ごわいぞ。」と,認識を新たにすることが出来ました。それまで,すっかり症状とは縁が切れて元気になったと思っていたのです。その後なんどか不調になるのを経験して「服薬でコントロールする事も必要かな,この病気とは一生付き合ってゆかなければ行かないようだ。」と思うようになってきました。当事者としては,なるべくなら発作には出くわしたくないし,出ても軽く済むほうが日常生活遂行上も好ましいので,服薬で管理できるものならばそうした方が良いと思います。副作用もさほどないようだし,今は,「一生服用しても良いかな」とも思うようになりました。

先生が転勤された後も時々困った事があったときには,他にも,よくお電話をして相談して指示を仰いでいました。これまでを振り返ると危機的な状況のときはもちろん,それ以外でも必要な時期に先生の指示を仰げ,舵取りをしていただいたことが非常に重要なポイントだったと思います。

私にとっては,単に服薬だけではだめで治療者との関係が良好か否か,そして治療者がパニック障害に対しどの程度の知識・認識と治療技術を持っているのかが大切なポイントだと考えます。

l  長期経過をみるためのチェックポイント

精神医学的マネージメント全般について表 4にまとめた。成書や症例の経験から筆者が個人的にまとめたものである。最後に,これまでの解説をまとめよう。

  • 精神疾患は慢性疾患であり,精神医学的マネージメントが全ての精神疾患に必要である。
  • 精神医学的マネージメントには身体疾患も含めた総合的な診断とアセスメント,他との連携が必要である。
  • うつ病は積極的に拾い上げるべきである。二次性だからと無視してはならない。
  • うつ病の前兆のパニックとうつ病重症時のパニックはうつ病の一部である。
  • パニック障害は経過の変動が大きい。治りやすいが,治らない。
  • コンプライアンスが常に問題である。コンプライアンスの不良を患者の責任にしない。
  • パニック発作が起こると,それまでに患者教育を受けていた場合でも,患者はパニック発作ではなく何か新しい病気になったと考え,内科を受診する。これもパニック発作の症状である。

 

表 4 パニック障害に対する精神医学的マネージメントのポイント

診断とアセスメント

経過中の状態変化に応じて随時行う

診断

・      精神医学的診断
重要な疾患(疾患の頻度が高い,治療可能性がある)に重点を置いて合併診断をつける。うつ病,アルコール依存症,他の不安障害など。

・      身体疾患の診断
スクリ―ニング目的の簡便な診察・検査,疑わしいものは他の専門医の意見を求める。

症状と経過,治療のアセスメント

・      パニック発作
頻度,発作時の症状(症状限定性発作も丁寧に拾い上げる)
パニック発作,身体的不調に対する認知,発作後の援助希求行動
発作後の気分・疲労感

・      広場恐怖

・      うつ症状・希死念慮
絶望感・希死念慮は積極的に問診する必要がある。恐怖症状が強いとき自殺が少ない。

・      治療方法の効果と副作用,コンプライアンス
今までの治療方法と患者の反応についてのアセスメント,新しい薬剤や治療方法についての効果と患者の期待のアセスメント

日常生活の障害のアセスメント

・      仕事・学業
本人の意向,職場の状況,上司や同僚の考え方,学校の状況や考え方

・      家族の考え,対応

・      余暇の過ごし方,楽しみ方

自記式評価

・      Mobility inventory for Agoraphobia  [7]

・      “パニック日記”(発作の毎日のセルフモニタリング)の記録

前向きライフチャートの作成

良い治療者患者関係 患者の恐れ・心配を和らげ,信頼されるようにする。患者の将来への希望をつなぐ。

パニック発作抑制という初期の治療目標に成功させる。

相談受付体制を作り,“医師不在のときに何かあったらどうしよう”という心配に応じられるようにする。

治療のコンプライアンスを高める エクスポージャーは一時的な不安の増強があるために,それを乗り越えようとする患者の動機付けが必要である。一時的な不快感に対する事前の説明と,回復の見通しについて希望をもたせるようにする。

抗パニック薬を服薬しなかった,予定の日の外来に来なかった,普段から説明を受けているのに心配になって内科を受診した,指定量以上に抗不安薬を服用した,エクスポージャーをしようとしたが途中で逃げ帰ってしまった,民間治療を受けた,というような行動はしばしば見られる。これらは,症状の結果起こっているものとして,患者を責めないようにする。

治療中断後の再発 服薬や受診中断後のサポート,相談に随時応じ,再発したときは初期治療と同じことをする。再発したことについて患者の責任を問わない。
他科の医師との良い関係・医療利用の適正化 再発時に心気的になり,専門医受診を希望することがある。スクリ―ニング目的の他科受診は行われたほうが良い。医学的意義が乏しい高価・侵襲的な検査は避ける。精神患者の身体愁訴と受け取られ,他科において必要な検査が行われない可能性もある。患者と他科の医師との橋渡しをする。
疾患と人生 疾患の有無に係わらず,有意義な人生が送れるように援助する

 

 

 

l  最後に,これから

医療保険制度が改革されようとしている。従来,わが国の医療保険制度はプライマリケアや検査に厚く,高度医療に厳しかった。高度医療を提供する公的病院は病棟部門の赤字を,上気道感染などの軽症外来患者の診療で埋めていた。しかし,これからの医療制度改革は,頻回の外来受診を制限しようとしている。今まで,パニック障害患者の3つの願い,1)365日24時間いつでも診てください,2)安心させてください,3)完全に治してください,の最初の二つを満たすことについて今までの医療保険制度は患者に都合よく出来ていた。医師側にも医療経済的な配慮はあまり必要ではなかった。しかし,今後は表 4に“医療保険上の対応”が必要になるだろう。慢性疾患への対応には,患者の問題だけでなく,その時々の時勢の変化も関わるのである。

 

引用文献

  1. Work Group on Panic Disorder American Psychiatric Association. Practice guideline for the treatment of patients with panic disorder. Am J Psychiatry 155:Supple 1 -Supple34, 1998
  2. Rapaport MH et al. Is Placebo Response the Same as Drug Response in Panic Disorder? Am J Psychiatry 157:1014 -1016, 2000
  3. Hirschfeld RMA. Placebo response in the treatment of panic disorder. Bull Menninger Clin 60:76 -86, 1996
  4. American Psychiatric Association Diagnostic and statistical manual of mental disorders, Fourth Edition, Text revision American Psychiatric AssociationWashington, DC, 2000,
  5. Penninx BWJH et al. Depression and Cardiac Mortality: Results From a Community-Based Longitudinal Study. Arch Gen Psychiatry 58:221 -227, 2001
  6. Cowley DS. The diagnostic utility of lactate sensitivity in panic disorder. Arch Gen Psychiatry 47:277 -284, 1990
  7. Chabless,D L. The Mobility Inventory for Agoraphobia. Behav Res Ther 23:35 -44, 1985
  8. Regier,D A et al. Limitations of diagnostic criteria and assessment instruments for mental disorders: Implications for research and policy. Arch Gen Psychiatry 55:109 -115, 1998
  9. Kessler RC, Borges G, Walters EE. Prevalence of and Risk Factors for Lifetime Suicide Attempts in the National Comorbidity Survey. Arch Gen Psychiatry 56:617 -626, 1999

 

 

 

 

図 1 パニック発作とうつ病の合併のパターン

パニック障害とうつ病を合併する場合の時間的関連をパターン1~3で示した。DSM-IVではパターン2のような場合もパニック障害と診断される。

 

 

図 2 症例A 病歴ライフチャート

パニック発作のバーの長さは発作の強さを示す。短いものは症状限定性発作である。間隔は頻度を示す。広場恐怖の曲線は下ほど重症を示す。

印刷されたもの ManseinoKeika_panic_disorder2002

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