2023年10月9日 日本認知・行動療法学会第49回大会自主シンポジウム9「行動療法は事例から学べ:5 年目を迎えた京行研」

学会での発表についてこちらでも公開いたします。京橋行動療法研究会に参加希望の方はぜひご覧になってください。

企画・司会 原井 宏明1,2)
話題提供者 坂東 賢二3)小松 広幸4)松浦 文香1,2)
指定討論者 岩野 卓5,6)
1)原井クリニック、2)(株)原井コンサルティング&トレーニング、3)和泉市立総合医療センター 小児科、
4)市ヶ谷ひもろぎクリニック、5)認知行動コンサルティングオフィス、6)福島県立医科大学医療人育成・支援センター

発表に使用したスライド(一部改変があります)

企画趣旨

認知行動療法に限らず、どんな技術であっても現場で使えるようになるためには事例に基づいた研修が必須である。バイト学生でもできるように見える受付での電話応対であっても、ある程度の企業なら応対マニュアルを用意するだけでなく、先輩によるオン・ザ・ジョブ・トレーニングを行う。そこで行われるフィードバックとコーチングは結果を大きく変える。多くの心理療法の技術習得において事例に基づく研修の必要性は当然のこととして受け入れられていた。
一方、認知行動療法の場合、近年は特定の治療法・問題についての治療マニュアルとワークショップがあることが当たり前になり、さらに資格認定制度も充実(?)してきたため、ある治療法について一人で勉強して資格を取れば、それで終わりと考える風潮を見受けるようになった。この理由の一つには、認知行動療法の急速な普及に対して、事例検討を気軽に受けられる環境が不足していることもあると考えられる。認知行動療法について指導的な立場にある人間なら、定期的な事例検討会の必要性についてほぼすべての人が同意するだろう。
このシンポジウムでは事例検討会の司会者として、企画者がどのように考えているのか、何に留意してまとめているのかについて述べる。そして常連参加者であるシンポジストと事例検討会を通じてどのようなことを学んだか、また何を期待しているかについて論じたい。同様な環境を必要としている学会参加者にとって今後の参考になるようにしたい。

事例検討会について(企画者から)

2012年1月から毎月土曜日の夕方に企画者は名古屋でNAKNAK(なごや強迫などなど研究会)と称する事例検討会を始めた。2019年に原井クリニックを開業してからは「京橋行動療法研究会」と名前を変え、2023年5月で50回を迎えた。コロナ禍が始まってからオンライン参加も可能にした。参加者は対人援助職一般とそうなることを目指す学生である。事例に関する守秘義務誓約書へのサインと参加費(3,300円税込)が必要である。
事例提示については事前準備は求めず、その場で口頭で紹介してもらう。司会者はその場で内容をスライドにまとめ、全員で共有する。このとき事例に関する表現が次の基準を満たすように心がけている。
1 死人テストを通過するような行動として問題を表現する
2 具体性テストを通過するように具体的な行動に言い換える
3 どれだけ複雑かつ長期の事例であっても、まとめが一枚になるようにする
スライドを見ながら、各参加者がオープンな雰囲気の中で、どうすればクライエント本人に役立つことができるかを自由に考え、意見を出せるようにしている。全ての参加者にとっての学びになるように2時間の間で3,4例が取り上げられるようにしている。参加者は毎回変動があるが、現在はリアルもオンラインも数名ずつの常連参加者がおり、また毎回1,2名の新規の参加者を迎えることができている。

坂東先生

私は卒後25年目の小児科医であり、行動療法の経験は浅く、診療の中心は感染症など一般的な小児疾患である。動機づけ面接との出会いを契機に小児肥満症と小児心身症の分野にも関わるようになり、原井医師から動機づけ面接のスーパービジョンを受け、日本動機づけ面接協会の1級の資格を取得した。動機づけ面接により、肥満症の患者の治療継続率が向上したが、さらに成績を向上させるために行動療法に関心を持つようになった。コロナ禍でオンラインでも参加可能となった事例検討会に参加するようになった。当初は行動療法に出てくる用語に圧倒され、レベルの高い討論に正直なところ緊張していた。しかし、本研究会で実際の事例の検討を重ねるにつれて行動療法への先入観が和らぎ、学習意欲も向上した。得た知識が臨床の場で活かせるという好循環になり、勉強会の常連参加者となった。いざとなれば事例検討会で相談できるという安心感が強みとなり、これまでは自分で担当することを避けて他施設に紹介していた症例も扱えるようになった。実際、起立性調節障害や不登校の事例に動機づけ面接と行動療法(特に行動活性化療法)を組み合わせた介入で、改善に向かったケースを経験できるようになり、昨年、本学会でポスター発表した。心に問題を持ちながらその自覚に乏しい小中学生は、身体症状を主訴として最初は小児科を受診することが多い。小児心身症に関わる治療者の中でも認知行動療法への関心は高まりつつあるが、実際に使えているかどうかは別問題である。行動療法初学者であった小児科医が、事例検討を通して行動療法の技術を磨いていく過程とそのメリットを中心に話題を提供したい。

小松先生

私は中堅どころの心理士で、これまで医療現場で主に働いてきた。そこでは様々な事例に出会うことになり、それだけ悩みが生まれてくる。一対一のカウンセリングもあれば、デイケアのメンバー対応、同僚とのコミュニケーションも悩みの一つになり得る。そんな事例について相談をしたいが、職場では行動療法をもとに相談出来る機会は少ない。そもそも行動療法を行なっている人がいない。また中堅にもなると相談を受ける立場にもなってくる。そんな中、2019年1月から京橋行動療法研究会に参加するようになった。行動療法をもとに事例検討出来る場所が欲しかった。当初は、事例を聞く立場で発言をせずに帰ることもあった。聞くだけでも知識は増えていった。それだけでは物足りず、自分の事例を出すようになっていった。事例を出すことによって、介入方法を学ぶことが出来たり、実際に事例が改善に向かうことが体験できた。そうすると、自身の体験をもとに、他の人の事例に対しても意見を述べやすくなっていった。研究会が始まる前には、どんな事例を話そうかと考え、帰りには話に出てきた介入方法について調べようと思うようになった。研究会で学んだことを職場で話すことも増えた。そうやって研究会に参加する行動が強化されていった。今では常連参加者となり、事例を聞くことやコメントすることが多くなってきたが、楽しさは変わらない。今回は事例を聞く側と事例を出す側の心理士としての学びについて話題提供したい。そして、事例検討会に参加する支援者が増えることに寄与できればと思っている。

松浦先生

私は強迫症の当事者であり、もともとは患者として行動療法を受ける立場にいた。4年前、主治医であった企画者がクリニックを開業する際に、強迫症を理解できる受付として採用された。
医療事務の資格は持っていたが、患者さんの対応には戸惑った。原井クリニックは強迫症を専門としており、患者さんとその家族は毎日のように電話や窓口で確認儀式を行う。外出自体が困難で受診を見込めない患者さんへの対応も必要である。患者さんの確認や注目を引きつける行動に巻き込まれると業務が滞るだけでなく、医師や心理士が行った儀式妨害が無駄になってしまう。受付も他のスタッフと同様に認知科学・行動科学の理論に基づく対応をする必要がある。このようにして私は学校で心理学を学ぶ前に、現場で行動療法を学ぶことになった。
私はまず本から学ぼうとしたが、企画者から「本だけ読んで上手くなった人はいない」と一蹴されたため、行動観察を徹底し、仮説を立てて検証することを強迫的に繰り返した。受付は会計や待ち時間といった普段の習慣が出やすい場面に立ち会う。他の患者さんの行動との差異からも特異的な行動パターンが容易に観察できた。<BR>
事例検討会への参加は、言語化されていない行動を推測する力を養うのに役立った。事例検討会では主訴や病歴だけでなく、推測された行動から行動変容の要因を予測する。限られた情報の中で注目する情報を弁別できるようになったことで、短時間で効率よく行動変容の計画が立てられるようになった。さらに、文献の読み方や調べ方もここで教わった。
受付が対応する事例の数は他のスタッフより多い。事例検討会で学んだ知識を現場でどのように活用しているのかも取り上げる。

指定討論 岩野先生

私は公認心理師・臨床心理士として大学にて公認心理師養成をしながら、13年間小規模な事例検討会を行ってきた。事例検討会を開催すると、地方都市では認知行動療法が依然として普及しているとは言えず、実際に認知行動療法を行った事例に触れる機会が乏しいように感じている。認知行動療法の知名度だけが普及するのではなく、実践家を多く育成するために、今後の事例検討会の在り方を一緒に考えたい。

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