原井宏明 (2005) 終章 非対面心理療法の展望

出典:岩本隆茂 & 木津明彦 (編), 非対面心理療法の基礎と実際―インターネット時代のカウンセリング (pp. 229–241). 東京: 培風館.(絶版)

草稿:

終章 非対面心理療法の展望

はじめに

非対面心理療法は、第1章で述べられているように、人類が手紙を用い始めたときから存在した。また近代的な情報技術の利用という点からみれば,電話が誕生した時代からある。この二つだけをとってみても,非対面心理療法は今後も利用されるだろう。手紙や電話を利用した非対面心理療法については今後10年間には大きな展開はないだろう。これに対して,インターネットをはじめとするInformation Technology(情報技術,以下IT)の進歩は過去10年間に著しいものがある。低価格化と利用者の広がりも初期の予想を超えている。インターネットとWWW,携帯電話,電子メールはこれからも普及し発展していくだろう。本書の実践編にて解説されている非対面心理療法の応用は今後インターネットの利用によって,大きく変わると思われる。医学・医療全体について過去10年間を振り返ると,医療機器はインテリジェント化,デジタル化され,欧文医学雑誌はオンラインジャーナル化し,MedlineはPubMedになり,医療情報学という学問が生まれ,インターネットの検索エンジンを利用して医者探しをすることが普通になった。

一方,日本において実際に消費者に提供されている医療についてみると,この10年間に大きな変化は起こっていない。他の先進国が過去2~30年間に大きな改革を行ったことと比べると対照的である。欧米の精神医療の分野で起こった脱施設化が日本では起こらなかったが,このような違いは精神医療だけではない。医療全体の指標について,OECDの諸外国と比べると日本の医療は医療の供給体制について顕著な特徴がある。長谷川 (長谷川, 1997)によれば日本の医療はOECD平均値と比べると,1)総病床数と急性期病床数ともに平均値の2倍以上,2)CT,MRIなどの高額な医療機器の普及率が平均値の10倍以上,3)医療従事者数が平均の2/3(医師)から1/2(看護師),である。他のOECD諸国からみれば,奇妙でいびつなシステムであるが,結果だけからいえば,少ない医療費と少ないマンパワーで効率的に,世界一の長寿は実現している理想的なシステムであるとも言える。日本は,大改革を避け,消費者に無理な変化を強いず,地域や貧富の差とは関係なく,アクセスの良い医療を平等に提供している。

しかし,社会の少子高齢化と高度医療の進歩は医療制度の改革を日本においても回避できないものにした。10年後に医療保険制度がどうなっているのか,精神医療がどうなっているのか,医療心理師はどうなっているかを,正確に予測できる人はいないだろう。

変動の時代にあって,非対面心理療法には期待が寄せられている。ITの進歩が製造業や販売業に寄与したのと同じ進歩が,医療にもいずれ起こるはずだという期待がある。これらの期待の中には実現可能なものもあるし,夢物語もある。失望もあるだろう。そして,これらが実際に実現するにはいくつかの条件がある。一番大きな課題は提供者に対するインセンティブである。医療におけるITの活用には,明確で過大な期待と,潜在的な需要,そして供給者側には警戒と失望がある。

非対面心理療法は本書の章立てをみるだけでも多様である。対面と併用してITが用いられる場合は,基本的な方法論は対面の場合と変わらない。この章では,情報技術,特にインターネットの発展と普及に伴って新しく生まれた形態であるオンラインカウンセリングの発展に焦点を絞ることにする。最初に医療技術の発展にかかわる医療の主要なプレーヤーの動向を述べる。そして,考えられるシナリオをいくつか提示する。最後に,これらのシナリオが実現するための条件について述べる。

2 – 1         行政,支払い者,消費者,提供者

技術の進歩だけでは世界は変わらない。医療も同じで,画期的に効果的な治療が現れても医療は変わらない。医療にかかわるプレーヤーの行動が変わる必要がある。医療にかかわるプレーヤーを整理すると,1)行政機関;日本政府や厚生労働省など,2)支払い者;医療費の大半を支払う社会保険基金などの医療保険の組織,3)消費者;医療サービスを消費する患者,4)提供者;心理療法士や医師などの医療関係者,に分けることができる。これらの4者の思惑も利害は必ずしも一致しない。

行政機関は,効果的効率的な医療制度を目指し,医療制度改革をうたっている。しかし,厳しい財政事情のなかでは,小泉首相が2002年4月の国会発言で医療費の改正に関して「三方一両損」と称したように (安部, 2002),消費者の負担の増加と提供者への支払い削減はさけられない。今後の医療改革に関して,行政機関は他のプレーヤーからの不満を甘受しなければならない立場にあり,防衛的になっている。

支払い者は医療費の削減が第一である。高額,不要,無効と思われる医療サービスには金を払いたくない。一方では,消費者の味方になっていると思われたい。消費者の要求が高いものは,いかに高価で効果に疑問があっても拒みつづけることができない。

消費者は望むレベルの医療を欲しいだけ,いつでもどこでも安く受けたいと思っている。不老長寿の欲望には限度がないので,消費者は常に全体に対して不満をもっている。

提供者の多くは現在,過酷な労務環境で長時間労働になっていると考えている。医療機関において労働基準法が守られていないことはよく知られている。自分たちが提供する技術・サービスが応分に評価され,収入的にも報われることを望んでいる。一方では,苦しむ人からは金を取らない,困窮者の味方であると思われたい。提供者は行政と支払い者に対して常に不満をもっている。

これらが,医療におけるITの導入についてどう考えているかまとめてみよう。

(1)  行政は医療のIT化を主導したい

日本政府はeJapan2004と称して,医療の情報化を進めることにしている。次の表にその課題を示す (首相官邸, 2004)。

1.ITを活用した医療情報の連携活用

保健医療分野における認証基盤の開発・整備 :2005年までに

電子カルテの医療機関外での保存の容認 :2004年度中に

セキュリティ等に関するガイドライン :2005年度までのできるだけ早期に

電子カルテの連携活用を行う医療機関への支援 :2005年度中に結論

2.ITを活用した医療に関する情報の提供

医療機関の機能評価等 :2004年度末までに2000医療機関

医療情報のデータベース化、インターネットによる情報提供:2004年度以降も

医療機関の情報公開の促進 :2005年度中に結論

3.電子カルテの普及促進

電子カルテの用語・コードの標準化及び相互運用性の確保 :2006年度までに

診療情報の電子化など医療分野でのIT利用促進 :2004年9月までに結論

医療情報化に係る人材育成 :2006年度までに

4.レセプトの電算化及びオンライン請求 :2004年度から開始し、2010年までに

医療機関への普及促進(コストを軽減するための具体的な方策 ) :2004年度中に結論

審査支払機関及び保険者における電子レセプトへの対応整備 :2004年度中に結論

オンライン請求開始に向けた体制整備 :2004年度中に結論

5.遠隔医療の普及促進 :2005年度までに

 

 

現在は2005年である。これらの課題のどれだけが実現される,あるいは今後実現されるだろうか?医療においてITを活用することは,政府が謳うようには進んでいない。電子カルテなどのシステム開発に公的研究費が投入されている。これは一種の公共事業のようなもので,補助金に依存している。各種知見の蓄積はなされるが、補助金が打ち切られると中止を余儀なくされることも少なくない。また、補助金による事業には,コスト意識が働きづらく,結果として税金の無駄遣いになってしまうという批判がある。批判されることを恐れ,実際には初期の目的を達成できず,開発が中止になっているにもかかわらず,対外的には実用性とコスト削減を達成したかのようにみせかけている医療情報システムもある。

14章にて述べられている遠隔診療が,補助金を必要とせずに事業として継続し,そして対面の通常の診療を置き換えるまでには,まだまだ道のりは長い。行政としては当初の立ち上げだけ資金を提供すれば,2,3年後は一般の自由市場経済活動と同様に事業が自発的に展開することを期待しているようである。実際には医療自体が,国民皆保険制度という社会主義的経済の中で動いている。診療報酬支払い制度などによる配慮なしに,自由市場経済の中では継続しない。国立病院(現在は国立病院機構)の中について述べれば,この数年間,医療現場のIT化に対して,大規模な投資が行われた。医療現場に対しても国立病院情報化構想に基づいて,ITを活用して国立病院の活性化と黒字化,すなわち医療の質と量の向上を同時にもとめられた。その後,残ったものは技術に対する失望である。ある,病院システム開発者は次のように述べる。「昔は医療のIT化というのに良くだまされたものですが、最近は何となくわかるようになってきました。何事も経験は大切ということです。授業料は高かった。」

まとめれば,行政は医療の情報化を目指しているが,いずれも消費者や提供者が望んでもとめているものではない。4. レセプトの電算化及びオンライン請求,については,業務の合理化につながり支払い者の利益にかなうので,もっとも早く実現されるだろう。その他は,支払い者と提供者にとってこれらを採用することに対するインセンティブが必要である。

(2)  支払い者はできるだけ健康保険給付の対象を増やしたくない

現在の医療保険の最大の課題は医療費の抑制である。新薬や新しい医療技術はすべて,医療費を増加させる方向に働いている。精神疾患については,SSRIの社会不安障害への適応拡大が規制当局によって現在議論されている。社会不安障害への適応拡大は,SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor 選択的セロトニン再取り込み阻害剤)を処方し,服用する患者を増加させ,それでなくても増え続けている精神疾患に対する外来通院医療費を増加させることになる。よほどの理由がなければ,支払い者は新しい技術を医療保険に入れようとはしない。あるいは入れても,形式的に極めて安い診療報酬がつくことになる。入院生活技能訓練がそのよい例である。消費者と提供者が双方ともに治療法として必要であることを訴え,データを示さない限り,非対面心理療法が医療保険の診療報酬で適切な評価を受けることはない。

(3)  使える消費者は使いたい

消費者にとってはどのような形であっても,提供されるサービスの種類が増えることは喜ばしいことである。普通の消費者は提供されるサービスにエビデンスがあるかどうかを見分けることはしない。見分けるために必要な医療情報は医療の非専門家にもわかる形では提供されていない。また提供されているとしても医療情報を見つけ読みこなすスキルは消費者が自らつけなくてならない。医療や医薬品については広告の制限があり,「売らんかな」という姿勢の広告は禁じられている。車や家と違って,医療の場合には消費者にとって何が必要な治療であるかは,消費者が自分で判断することができず,提供者が判断することが原則なのである。対面心理療法において,消費者が受診の回数や相談回数を自分の判断で決め,すきなだけ,好きなときに受診することはありえない。そうしたくても物理的なハードルがある。診察の受付時間,待合室で待っている先着の患者,診察中にかかってきた電話に答える医師や心理師,がある。

一方,「患者」の要求に対して,医療者はどのような場合であっても応じなくてはならないと思っている消費者は相当な数いる。電話や電子メールは費用や手間がかからず,物理的なハードルはない。ホームページに病院名があるだけで,「教えてください」「助けてください」の相談電話やメールがやってくることが通常である。テレビや新聞などのマスメディアに名前が載った場合は相当な問い合わせがかかってくる。こうした問い合わせに対する対応に手を取られることを避けるため,メディアの取材を断る医療機関は良くある。筆者の場合は,筆者自身のホームページなどから知ったとして,見知らぬ遠方の消費者からのメールや電話が一週間に数本ある。こうした問い合わせのほとんどは医療のヘビーユーザーからであり,対応には時間がかかる。

一般に精神疾患をもつ消費者は,それ以外の消費者と比べると,身体科を受診する回数が多いことが知られている。精神疾患が合併することによって,身体疾患も含めて消費者一人にかかる医療費が増えてしまうのである。精神疾患のために対面心理療法を受けている消費者が,メールでも対面と同じカウンセラーと相談できるとわかると大量にメールを送ってくることはよくあることである。的確なエビデンスをもつ心理療法を行うことによって,身体疾患にかかる医療費も削減できることが示されている (Cummings, 1997)。このような現象をコストオフセットと呼び,プライマリケア医が的確な心理療法を行うことによって,消費者にとっても,支払い者にとっても喜ばしい状況になることがハワイの医療保険会社を舞台にした臨床試験で示されている。しかし,このような場合はむしろ例外で,不適切あるいはエビデンスを持たない心理療法を行った場合は,身体疾患にかかる医療費が減るどころか,むしろ増える。また,地域人口減などのために医療機関が患者不足に陥っている状況の場合には,一箇所のプライマリケア医が的確な心理療法を行ったとしても全体としての医療費の削減は起こらない。患者が来なくなることは医療機関にとっては死活問題になるからである。

一方,オンラインセラピーにとって,対面ではありえないサービスがある。オンラインの集団療法である。提供者と消費者が同一であり,対価を取らない形の掲示板のようなサービスはいろいろな形で生じてきている。わが国有数の匿名掲示板サイトである「2チャンネル」の掲示板では,認知行動療法の掲示板があるが,この内容は多くの消費者にとって役立っていると思われる。

 

(4)  提供者は使いたくない

ITを利用した産業は労働集約型の産業である。非対面心理療法の場合も,消費者にとってのアクセス性が高いことは提供者にとっては対応に要する時間や回数が増えることを意味している。本書の中でも執筆者の背景を考えてみると面白い現象がある。執筆者は全員研究者の背景があるが,それだけではない。1)提供者もする,2)提供は行わず提供者に対する教育を行う,3)行政の立場にいる,にわけることができる。ちなみに,執筆者には消費者や支払い者に所属するものはいない。提供者の立場にいる執筆者は,非対面心理療法に対してあまり明るい見通しを持っていない。

提供者の恐れは次のようなことである。

  1. 非対面の乱用:対面で行っている消費者に非対面を併用した場合,対面では存在する物理的・社会的障壁がない。回数や時間が無制限に増える可能性がある。
  2. 消費者と提供者の期待の違い:消費者にとっては,電話やメールによる連絡をした場合に提供者は診察室と同じ態度,すなわち“主治医”としての振舞ってくれることを期待する。提供者は,診察室では,他の人はいない,時間が設定されている,診療録が前にある,などの道具立てがあり,主治医として振舞うことができる。消費者を“主クライエント”として扱うことができる。一方,診察室以外の場面において,一人の消費者が“主クライエント”であることは通常ではなく,その他大勢の一人である。消費者からの電話やメールに対しても,診察室における対応と同様な品質を保った対応をすることは困難である。この結果,電話やメールで消費者を失望させることがしばしば起こる。消費者からすれば,診察室での対面と,電話やメールとでは,主治医の態度が違うというのには理解ができない。
  3. 診療過誤の心配:対面であれば,誤りをその場で修正することができ,また診療過誤を行った場合も,記録が残らないようにできる。メールでは,誤った指示や助言もすべて消費者・提供者の双方の記録となる。電話でも消費者が記録を自分で自由にとることができる。非対面での診療過誤が実社会での訴訟になる場合は,提供者が対面の場合よりもより不利な立場に立たされることが予測される。

現在の診療報酬制度でも,メールや電話などによる再診料の請求を認めている。しかし,近年の診療報酬制度では,精神科通院精神療法や訪問看護などに高い評価を与えるようになった。提供者にとっては,メールや電話対応に新しくマンパワーを投入するよりは,精神保健指定医が診察するようにする,訪問看護のスタッフを増やす,方がより合理的である。

精神科医の場合には,この10年間の消費者の数の増加は著しい。外来患者数の制限を,受付時間の制限や新患の予約制などの方法で行うところが普通である。この3年間,再来のみで新患は断っている精神科クリニックもある。メールや電話などの非対面心理療法を提供することにより,新しい患者層を発掘できる可能性があるが,ここしばらくは,普通の精神科医療機関があえて患者数を増やすようにすることは考えにくい。また,当面は新臨床研修制度などのために,医師不足が続くことを考えると,医師が非対面心理療法に積極的になることは想像しにくい。他のOECD諸国と比べると医療従事者の数が少ないことを考えると,現在の医療供給制度のままではマンパワー的に新しい技術を取り入れる余裕がないとも言える。

 

2 – 2         展望のシナリオ

これらのプレーヤーの動きを考えながら,将来がどうなるか,いくつかの想像をしてみることにする。

(1)  シナリオ1

2005年4月は個人情報保護法が施行されたときである。この法律に従えば,医療機関の職員の私物の携帯やコンピューターに消費者の個人情報を載せることは禁止される。従って,私物のコンピューターや勤務場所以外のところからメールや電話を消費者に送ることはあり得ない。普通の医療機関がオンラインセラピーに乗り出すことは,当分の間,ありえないことになった。一方,この数年間,大学の臨床心理課程の卒業者が大幅に増えた。彼らの一部がネットショッピングのサイトと手を組み,オンラインセラピーを始めた。ネットショッピングのサイトはすでにセキュリティーや代金の回収,個人情報保護のシステムを確立しており,彼らのインフラに合わせれば,事業の立ち上げは容易だった。ショッピングサイトの利用者は元来ネットに抵抗がない。彼らのカウンセリングに対する需要調査を行ったところ,次のような需要があることが分かった。1) 小さな子どもをもち外出する機会のない主婦に対する相談相手,2) メル友とのやり取りでのトラブル解消,3) メールで知りあった人に実際に会う方法のアドバイス,4)職場の人間関係のトラブル,5) 高齢者が孫にメールをしたいが,やり方がわからない,がもっとも多かった。こうしたニードに合わせてオンラインカウンセリングサービスを行うようにしたことが成功のきっかけになった。

数年後,オンラインセラピーも花盛りになり,消費者に合わせた香料を送るアロマセラピーのサイト,動物を一時的に貸し出すアニマルセラピー,ブロードバンドを活用した音楽療法のサイトなどが人気を博すようになった。しかし,好景気は長続きしなかった。デフレの波が押し寄せたのである。

中国,シンガポールなどが世界を対象にe-therapyセンターを開設した。中国人のセラピストが低廉な価格で,電話やメールによる対応をしてくれる。日本人であれば,一回5000円程度かかる遠隔カウンセリングが海外サイトであれば1回100円である。E-therapyの100円ショップ版である。中国やシンガポールなどのセラピストは欧米の一流大学で臨床心理学の学位をとったものが多く,日本の大学の心理師よりも最新の医学や臨床心理の知識と経験を持っている。日本語には多少,難があるが,治療の品質に関してはむしろ日本人セラピストに勝る。個人情報保護の問題があるサイトもあったが,サイトは外国にあり,裁判を心配する必要もないことも,低価格の秘訣であった。

日本におけるこころの電話などの電話相談には,女性と話がしたい,という性的相談,リピーターが絶えなかったが,100円相談が広まるにつれて,こちらにはまじめな相談だけが残るという効果も生んだ。

 

(2)  シナリオ2

あらゆる精神と行動の障害や状態に対する特異的な治療法が開発された。すべての障害や状態についてRCTによって効果が立証された治療法があり,それらをまとめた面接と診断,治療のアルゴリズム・クリニカルパスウェイが完成した。人間の個人的な判断は不要になったのである。治療プログラムを組み込むハードウェアも進化した。人工知能を備え,外観も人間と変わらないアンドロイドセラピストが生まれたのである。価格もディスカウントが進んだ。外観や材質などの形にこだわらなければ,携帯電話並みの価格で購入ができる。実際,一番安価なモデルは携帯電話と一体化している。システムは公衆無線LANや携帯電話の電波,ECTの電波,静止衛星からの電波によってインターネットにつながっており,地球上のほとんどの場所で常にオンライン状態にある。システムソフトのバージョンアップやメンテナンスはインターネットを通じて行われ,自動的に完了する。アンドロイドセラピストはつねに家庭にスタンバイし,消費者の様子を察して,適切な助言をしてくれる。アンドロイドセラピストはユーザーのこころの悩みや日常生活の悩み,身体的な問題を解消してくれる。高齢者に対する介護はもちろん,場合によっては恋人になり,単身者の一人さびしい夜を慰めてくれる。ただし仮想恋人にもなるモデルの価格はベンツ並みである。生産台数限定版の機種もあり,市場ではプレミアがついている。中には,ユーザーが手を加えて実在のアイドルを模したモデルも出回っている。

外耳道に入る補聴器サイズのアンドロイドセラピストもある。アルツハイマー病やレビー小体病などの老年期の認知症をもつ消費者に対しても,耳元で消費者に必要な情報を音声で提示することによって,買い物や外出を介助なしで行うことが可能になった。一般の消費者にとっても,仕事中などにもストレスや困難があれば,直ぐにその場で適切なコーチや助言,癒しが得られる。バイブレーターや電気治療器,アロマセラピーの機能をもつものもある。カイロ機能をもつものもあって,寒い地域では重宝されている。最新型は経頭蓋磁気刺激機能や薬物を経皮的に注入する機能を持つものがあり,もはや非対面心理療法だけではなく,自宅で身体的治療も行えることになった。薬物の経皮的注入の機能は,インシュリン依存型糖尿病の患者にとっては,必須のものである。自己注射という言葉は死語になった。

このロボットは家庭電化製品のIP化[1]にともない,電化製品やドアフォン,トイレのレバー,郵便受けともつながっている。PCや携帯電話,テレビとはいうまでもない。自動車に乗っている間も,カーナビゲーションシステムとECTシステムと連携し,応用行動分析に基づいた事故防止プログラムが実行される。自動車学校は不要なものになった。自分の車のシステムに自動車運転e-learningシステムをダウンロードすれば,運転教習から路上試験,学科試験まですべてが自家用車の中で終ってしまう。自動車に生体認証の機能があり,盗難車による犯罪は存在しなくなった。犯罪者が車を盗むと,その車は勝手に警察署に運転者ごと連れて行ってしまう。

元来,このアンドロイドセラピストのプログラムは小児性欲や婦女暴行などの性犯罪者に対する治療プログラムとして米国にて開発された。彼らは,就労や日常生活を自立して正常に行うことができ,一般地域社会の一員になることができる。刑務所に長期間収容する必要はない。一方,再犯率が高く,刑務所に収容する以外の方法で再犯を予防する技術の開発が求められていた。大規模な研究費が投入され,対象者を24時間ITを用いて監視し,応用行動分析に基づいて反社会的な性行動に対する消去,向社会的な性行動に対するシェイピングと強化が行われる。社会的な強化をうけられるように,同じシステムを用いて,社会生活技能訓練や職業専門教育も行われ,対象者の中には社会的に成功するものも現れた。IT機器をもちいて24時間監視を行うコンセプトには,当初は一般社会の抵抗があったが,性犯罪者に対する処遇としてはやむをえない選択として受け入れられた。そもそも,彼らを治療しようという気持ちになれる実在の心理療法士が現れなかったためでもある。また対象者の側も生身の大人とのコミュニケーションに困難を感じていた。アンドロイドセラピストなら彼らの性的嗜好やコミュニケーションスタイルにあわせてカスタマイズされた外見,会話スタイルをとることができる。このプログラムは,性犯罪者以外の,快楽犯罪者や非粗暴犯にも応用された。薬物依存や乱用,経済犯罪,ネット犯罪,道交法違反などは刑務所に収容する以外の方法で矯正することができれば,そのほうが経済効率も高い。本人の能力を社会に生かすこともできる。矯正の次に,受験産業にひろがった。この後,一般家庭にも広まることになった。

この技術には他にも,さまざまな活用法があるが,筆者に身近な方法をひとつ述べる。論文の期限を守れない執筆者に対しては,編集者によって特別なプログラムが組まれたアンドロイド編集者が執筆者の自宅に強制的に送り込まれる。執筆者が仕事をさぼると,アンドロイドから愛のムチを受ける。執筆者は身体的苦痛を受けても苦情を申し立てないという同意書を書かされている。

この技術による影響は良いことばかりではない。アンドロイドセラピストに仕事を奪われた業種があるのである。この中で,精神医療従事者と盲導犬の問題を取り上げる。アンドロイドセラピストの広がりに一番抵抗したのは,実は精神医療であった。心理療法士と精神科医にとっては死活問題であったのである。臨床心理学会と精神神経学会は日本の歴史上初めて共同歩調をとり,アンドロイドセラピストの問題点を国会やメディアに訴えた。しかし,一般大衆の支持を得ることはできず,相手にされなかった。一方,盲導犬の場合は,まったく逆に展開した。盲導犬の関係者もアンドロイド盲導犬に対して強力に抵抗した。アンドロイド盲導犬は,実際の犬よりも優れた点が多数ある。何よりも,アンドロイド盲導犬は会話ができる。訓練が不要である。食事や排泄をしない。盲導犬関係者はアンドロイドセラピストの計画を知った時点から周到な準備を行い,不要になった盲導犬が保健所で薬殺される場面をテレビに流した。「クイールの死」という映画も公開された。一般大衆の情緒に訴える作戦にでたのである。これは大成功を収め,視覚障害者はアンドロイドセラピストを使ってはならない,という国会決議が出された。今度は視覚障害者の団体が訴えた。アンドロイド盲導犬は結局,犬の形をとることは許されず,実際の盲導犬の背中に取り付けるタイプのカーナビゲーションシステムの発展型にとどまることになった。この場合,盲導犬は盲導犬の仕事はせず,単なるペットと同じなのだが,このことに触れることは関係者の中ではタブーであった。

この経過から学習した,心理療法士と精神科医も,「あるカウンセラーの死」という映画の共同制作を企画したが,結局,相互の利害の違いを乗り越えることができず,日の目を見なかった。そもそもカウンセラーとは何か?というスタートから躓いた。この対立は尾を引き,日本行動療法学会の内部でも心理師と医師の間に溝ができるようになった。

 

(3)  シナリオ3

小児に見られる発達障害などの研究と治療が進歩した。特に,自閉性障害のような広汎性発達障害, ADHD(Attention Deficit and Hyper activity Disorder 注意欠陥多動性障害)の発展が著しい。この発展の副次的な産物は,成人の場合のコミュニケーションの障害の背景にこうした障害があることが分かってきたことである。彼らは言語の理解と注意の持続に問題があるために,通常のセラピストが対面による心理療法を行ってもうまくいかないことがわかってきた。彼らにはメールなどのほうがコミュニケーションがうまく行く場合があり,それから徐々に,対面のコミュニケーションのスキルをトレーニングしたほうが良いことがわかってきた。最初は症例報告であった (Daley, Becker, Flaherty, Harper, King, Lester, Milosavljevic, Onesti, Rappaport and Schwab-Stone, 2005)。この15歳のケースは神経学的症状と精神病症状をもち,対人コミュニケーションに問題があった。自宅でのインターネットを利用したコミュニケーションが本人の精神的成長に役立った。このような経験が,コミュニケーションに問題のある広汎性発達障害に対する非対面心理療法の発展につながった。同時に対面での対人スキルトレーニング,福祉サービス,広汎性発達障害者のための社交クラブも平行して開発され,彼らが実社会でも適応できるようになった。

 

2 – 3         将来を決める条件

ITの進歩そのものは,今後の非対面心理療法の発展の大きな条件ではない。携帯電話やブロードバンドを例にとれば,これからさらに携帯電話が小型化し,ブロードバンドが進んでも,また,ユビキタス性が進んで,トンネルや海底でもネットができるようになったとしても,非対面心理療法が大きく変わることはないだろう。また,認知行動療法はこれからも発展を続け,精神医学や薬物療法も進歩するだろうが,これらの進歩によって,非対面心理療法の展望が明るくなることはない。

非対面心理療法の将来を決める条件は,消費者の援助希求行動と提供者の行動,医療経済である。医療技術の開発には,二つの方向がある。ひろく誰にでも使えるように広がりをもとめるか,特定の少数の消費者だけを対象にして,消費者の満足を高めるように深さをもとめるか,のどちらかである。満足させる対象が,消費者だけなのか,支払い者なのか,提供者なのか,も考えなくてはならない。技術主導の開発では,ITのように進歩の早いものでは,実際の医療の場面に移行するときには,すでに陳腐化している。補助金に頼り,行政を満足させるだけのITを利用した医療技術では,当分の間,実際の医療場面に移行することはないだろう。新しい医療技術が進歩し普及するためには,行政が支援することは必要条件でも十分条件でもない。変化の速度を促進させるだけである。消費者にとって有益であることは必要条件であるが,十分条件ではない。支払い者にとっても,提供者にとってもメリットが見える技術であることも必要条件なのである。

非対面心理療法が発展する道は,シナリオ3のように,特定の少数の消費者を対象にした“深さ”を求めた技術である。そして,その技術はITや非対面心理療法だけでは成立しない。対面心理療法を含め,薬物療法,福祉も含めた技術の発展と応用が必要だと考える。

文献

長谷川敏彦.  1997 世界平均から大きくはずれる日本の医療. からだの科学,24-29.

安部聡.  2002 三方一両損. http://www.yabuisha.com/bamboo/037.html. .

首相官邸.  2004 eJapan2004の具体的政策. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/ejapan2004/040615-212.html. .

Cummings, N.A.  1997 Behavioral Health in Primary Care: Dollars and Sense. In: Cummings NA, Cummings JL, Johnson JN (eds) Behavioral health in primary care: a guide for clinical integration. Psychosocial Press, Madison: 3-22.

Daley, M.L., Becker, D.F., Flaherty, L.T., Harper, G., King, R.A., Lester, P., Milosavljevic, N., Onesti, S.J., Rappaport, N. and Schwab-Stone, M.  2005 Case Study: The Internet as a Developmental Tool in an Adolescent Boy With Psychosis. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry,44,187-190.

 

[1] 家庭の電化製品,洗濯機や冷蔵庫,エアコン,風呂釜などにもIPアドレスを割り振り,インターネットとの接続を可能にすることである。このことにより,外出中に冷蔵庫の中の食品の在庫を調べたり,外出中にエアコンを調整した利ができる。

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