書評「強迫性障害の認知行動療法」

この本はデイビッド・A・クラークが2004年に出した本の全訳である。認知行動療法をする人間を大きく分ければ行動療法と認知療法の二つの流派がある。著者は“OCDの認知的側面に取り組む国際的研究グループObsessive Compulsive Cognitions Working Group COCCWG) の創設メンバー“であり、認知療法の流れにいる。認知療法側から見ればERP(曝露反応妨害)が行動療法であり、それ以外が認知療法ということになる。ERPがOCD治療の第一選択であることには行動療法・認知療法の両派が同意している。ERPに限界があることにも異論がない。違いは「どこまでが限界か?」である。認知療法によってERPの限界を超えられるとするのが認知療法派であり、たいして変わりないとするのが行動療法派というような色分けが一応は可能だろう。

この本は1980から2000年に起こった認知療法側の知見を包括的にまとめている。3部に分かれている。最初は診断と精神病理を扱う。次に病因と維持メカニズムについて扱う。ここではOCDの行動療法派だった人たちが認知療法派に鞍替えするようになった理由、行動理論の欠点をとりあげている。OCDが持続する理由には患者側の認知障害があるとし、その特徴についての理論が紹介される。責任の過大評価モデルや侵入思考、思考の過度のコントロール、中和化、TAF(Thought Action Fusion, 思考と行為の混同)などの認知バイアスである。認知理論に興味がある人にとっては格好の道案内になる。最後は実際の治療の進め方が取り上げられる。「1次的強迫観念の状況記録と評定尺度」(P215)のように実際の治療場面で使えるワークシートが多数ある。本書の購入者はコピーしたものを患者の治療に使うことができる。面接での会話例もでてくる(P231)。説教型の対決的スタイルと協働的経験主義に則ったスタイルの比較はOCD患者の面接を苦手にする人にとっては目から鱗になるかもしれない。

評者は行動療法派である。行動療法や理論がERPに限られているのがいささか残念である。OCDに合併する疾患の代表的なものに抜毛症やチックがあるが、これらに対する有効な治療法にHRT(Habit Reversal Training, 習慣逆転法)がある。自宅に引きこもってしまい、治療場面にこない患者に対してはCRAFT(Community Reinforcement Approach and Family Training)がある。OCDの臨床に長年携わっている行動療法家としてはERPに並んで必須の技法だと思える。

訳文は読みやすい。訳語もよく調べて選ばれている。行動療法が日本に入ってきて50年以上がたつが、訳語にはいまだにばらつきがある。オバート/カバートという用語は現代の日本のCBT関係者には耳慣れない言葉かもしれない。これは認知革命が始まったころにはよく使われていた用語であり、外顕的/内潜的と訳すこともあった。日本語にしても意味不明なのだから、カタカナにするのは良い選択である。Exposureを評者はエクスポ―ジャーとするが本書は曝露とする。実は曝露の方がよく使われており、本書の選択が正しい。リフレクションは評者なら動機づけ面接に合わせて聞き返しと訳すところだが、これはまだ耳新しい用語だから仕方がない。

2019年に刊行された第2版「Cognitive-Behavioral Therapy for OCD and Its Subtypes」の内容を本書に反映できなかったのは訳者たちにとって残念だっただろう。第2版では第三世代の行動療法と呼ばれるマインドフルネスやアクセプタンス、さらに新しい行動理論の一つであるInhibitory Learning Theory(抑制学習理論)が扱われている。

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