1.はじめに
限局性恐怖症(specific phobia : SP)はある特定の状況や対象に対して,避けたり立ちすくんだり叫んだりしがみついたり,時には失神するなどの恐怖反応の結果,日常生活に障害を来す精神障害である。恐怖反応はパニック発作の形をとることもある(予期されるパニック発作)。恐怖を喚起する状況や対象は一般人にとっても不快なものもあるが,障害としての診断閾値は情動反応の強さとそれに伴う回避行動の程度による動物(虫や蛇、犬)、自然環境(高所や嵐、池)、状況(飛行機や閉所、MRI)、血液・注射・負傷(Blood Injection Injury phobia: BII)(健診や歯科治療、予防接種)に分けられる。他に音恐怖(運動会のピストル音を怖がる小学生に臨床場面ではよく遭遇する)、嘔吐恐怖、集合体恐怖、先端恐怖などもある。子どもにおける有病率は約5%で,13~17歳では約16%である。全体の有病率は7~9%である。発症年齢は5から12歳である。動物とBIIは小児期に発症することが多く、状況は青年期以降が多い。
SPの患者は他の恐怖も持っていることが多く、一つだけに限定するのは10%以下である。物質使用症や気分症、他の不安症(パニック症や社交不安症、全般不安症)、パーソナリティー症を合併することがある。
2.診断の問題
6か月以上続いていれば一般的には診断は容易である。パニック症との鑑別が難しいことがある。閉所恐怖はパニック症に伴う広場恐怖と限局性恐怖症のどちらでも見られる。恐怖状況に置かれたときに患者が身体感覚と閉所状況そのもののどちらを恐れているかを見分けられると役立つ。パニック症に伴う広場恐怖の方が刺激般化・高次条件づけが起きやすい。
5.治療
エビデンスがある治療を表に示す。近年は仮想現実(Virtual-Reality, VR)を使った治療の開発が盛んである。
表 効果のエビデンスがある治療法
治療法 | 対象 |
エクスポージャー | すべての恐怖症 |
VRエクスポージャー | 高所、飛行機、蛇、閉所 |
コンピューターを使ったセルフヘルププログラム | 蜘蛛、飛行機、小動物 |
エクスポージャーと応用緊張 | BII |
認知療法とエクスポージャー | 歯科、飛行機 |
引用 1)
次に治療の実際について示す。
1)心理教育
子どもの場合、親への教育も必要である。普通の親は子どもを守ろうとする。恐怖刺激を環境から取り去り,子どもを近づけないようにし,泣きだしたら,「お母さんがいるから大丈夫」となだめてしまう。このような保護行動が回避を悪化させることを患者や家族に教育することが最初のステップになる。
心理教育ではパブロフの犬の例を用いて、恐怖条件づけと回避による悪化とエクスポージャーによる恐怖反応の弱化を説明する。アルコールなどの抗不安作用がある物質を使って回避している場合があるが、一時的には凌ぐことができても、SP自体の改善にはつながらないことを説明する。
2)エクスポージャー
恐怖刺激に対して自発的に直面するようにすることが治療のゴールである。使う刺激について現実と想像やVRのような仮想のものがある。系統的脱感作のように弱い刺激から徐々に行っていく場合と最初からある程度強い刺激を使う場合がある。音恐怖や嘔吐恐怖、BIIのように最初から身体反応が出る場合には弱い刺激から行う方が良い。セッションについては一日に集約して行うOST2)と数週間かけて分けて行うやり方がある。分散させるよりも集約して行う方が治療の効率が高いことが分かっている。
3)BIIに対する応用緊張
BIIの場合,刺激によって一度,呼吸数・心拍数の増加が生じ,次に血管迷走神経反射による急激な血圧降下が起こり,最後には失神する。失神の経験回数と重症度は関連する。血管迷走神経反射による失神を応用緊張によって防ぐことが治療に不可欠であり,それだけで治療が終結する場合もある3)。
4)薬物療法
SPにおける薬物療法の役割は限定的である。べンゾジアゼピン系薬物には抗葛藤効果があり、回避を減らすことができる。一方、これは薬物への心理的依存の原因になる。緊急な歯科治療の必要があるのに、どうしても怖がり避ける患者に対して使用する意義はあるが、これは緊急避難でしかない。歯科治療が終われば患者をエクスポージャーができる施設に紹介することを考えるべきである。
エクスポージャーを行うときに併用すれば恐怖条件づけの消去に役立つことが分かっている薬物がある。NMDA受容体の部分作動薬であるd-cycloserine4)とコルチゾール5)である。
文献
1) Katzman, Martin A., Bleau, Pierre, Blier, Pierreほか. Canadian clinical practice guidelines for the management of anxiety, posttraumatic stress and obsessive-compulsive disorders. BMC Psychiatry. vol. 14, no. SUPPL.1, p. 1–83.2014,
2) Ost, L. G. One-session treatment for specific phobias. Behaviour research and therapy. vol. 27, no. 1, p. 1–7.1989,
3) 岡嶋美代, 原井宏明. 注射恐怖の重症例に対するエクスポージャーとApplied Tension. 行動療法研究. vol. 33, no. 2, p. 171–183.2007,
4) Ressler, Kerry J., Rothbaum, Barbara O., Tannenbaum, Libbyほか. Cognitive enhancers as adjuncts to psychotherapy: Use of D-cycloserine in phobic individuals to facilitate extinction of fear. Archives of General Psychiatry. vol. 61, no. 11, 2004,
5) Soravia, Leila M., Heinrichs, Markus, Aerni, Amandaほか. Glucocorticoids reduce phobic fear in humans. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. vol. 103, no. 14, 2006,