通訳すること

私の通訳としてのデビューは神戸大学病院精神科研修医のときです。当時の神戸大学には外国人患者が連れてこられることが良くありました。ある日、大阪国際空港で―関西空港開港前の話です―白人中年女性の不法入国者が捕まりました。前後の経緯からJALでハワイから来たことことは明らかなのですが、自分はフランス生まれ、体にパスポートが埋め込まれていると主張するなど、話の辻褄が合いません。統合失調症が疑われ、神戸大学に入院になりました。当時の神戸大で英会話ができる人間は私だけだったので、私が主治医になりました。ハワイ州立精神病院での入院治療歴も確認できて、1週間ほどしてハワイに強制送還させることになりました。自分はフランス人という本人の主張に逆らうことになるので、単独では無理という判断になり、医師がハワイまで付き添うことになりました。私一人です。

1年目研修医が、身長173cm体重90kgの患者とハワイまでの8時間を一緒に過ごす場面を想像してください。ポケットにセレネースとアキネトンのアンプルと注射器を忍ばせていますが、患者が暴れたらと想像したら眠っていられないのはもちろんです。英語ができるせいで私だけがこんな目に?とも思いました。ホノルル空港警察署に引き渡したときの安堵感は今もよく覚えています。本人と私の調書をとられたあと、本人はスタスタと外に歩いて出ていって、誰も止める人がなかったのが驚きでした。事前に州立精神病院には連絡していましたが、密入出国では入院させる理由にはならないというのが答えでした。

そして、1986年に肥前に就職してすぐの仕事が、当時、肥前にオーストラリアから山上先生のところに研修にきていた作業療法士、Anne Cusickさんの通訳でした。彼女との思い出もいろいろあります。早起きして、博多祇園山笠のクライマックス、追い山を一緒に見に行ったのも良い思いです。また論文も共著にしてもらいました(Cusick 1992)。

次に大きな仕事が、1987年ハンス・アイゼンクが来日した時に、九州大学精神科が主催した福岡での講演会です。これが大勢の人前での通訳のデビューです。山上先生のところで行動療法を学ぶようになって1年目、行動療法家としても精神科医としてもまだ研修中の私にとっては大抜擢でした。懇親会では山上先生はもちろん、九州大学教授の中尾先生や他の重鎮と並んで食事会です。私の席は上座に座るアイゼンクの隣。27歳のペーペーがこんなところにいていいのか?という緊張するしかない状況でした。

行動療法がらみでもう一つ。2001年にアイザック・マークスが来日してエクスポージャーについて話をしたときです。懇親会で徳島のY先生が質問をしてきました。以下は私の当時の日記から。

Y先生,この人,懇親会で質問というか自分の意見表明。東大から今は徳島の民間病院の院長だけど,精神神経学会の理事をしていたことがあり,運動家だった。人権問題などで追求が厳しい人だった。精神神経学雑誌に,OCDに対するエクスポージャーに手掌への電気刺激をしたら良かったという論文を書いている(山下1991)。
今日は,Marksにその質問。40Hzの電気刺激をするとよい,それは患者のカオス アトラクターに合うから,エクスポージャーは体のシステムの出口を抑えるから,電気刺激で同調する,(まったくなんのこっちゃ分からんので訳せないので困った。もうしょうがないから逐語訳,意味が通じようか通じまいが知るもんか)。条件づけ理論ではExposureのメカニズムが説明できないでしょう,こうした仮説はどうですか?と彼はMarksに同意を求める。(こういうときの通訳としては私は大変不適切,通訳に徹したくない)
Marks先生答えて曰く,
学習理論が不十分なのは,本当。私達は臨床研究で効果のある治療を知っているが,理論研究はその後追いになっている。メカニズムは分からないが,効くことは効く,という他ない。あなたの仮説は面白い。次のステップは実験をすることだ。自分の仮説が正しいということを示す実験を考えてはダメだ。自分の仮説を否定するような実験を考えて御覧なさい。私はそうしている。(その実験がうまくいかなければ,その仮説は正しいのだ,とここまではMarks先生,言わなかったけど,私は思わず,唸った)
Y先生,勢いが止まり,私はエキスポージャーは効くと思っています。実験してどうしようとか考えてはいません。

ちなみマークス先生、通訳として横に並んでいるとどんどん私のそばにくっついて来ます。つい私は横に動くのですが、最後は壁とマークス先生の間に挟まれて、身動きが取れなくなったことがありました。

通訳を長く続けてしみじみ思うのは、英語力はむろんですが、注意力と記憶力、日本語力の重要性です。日本語しかできないが、それは十分にあると思っている人でも、一度、誰かの話をまるで伝言ゲームのように人に伝えるという場面を想像してください。前の人が早口で一気に1分ぐらい話したとします。それを全部覚えて、後の人にどうやって伝えますか?それを1時間続けられますか?何かに気を取られて前の人の話を忘れてしまったらおしまいだし、日本語が意味不明になってもおしまいです。

印象に残っている通訳失敗談も一つ。2009年にワイル・コーネル医療センターの精神科教授でありながら、同時にコンサートピアニストでもあるリチャード・コガン先生の第1回不安障害学会での特別講演を通訳する機会がありました。コガン先生は傍らにピアノを置いて演奏しながら、講演もするというスタイルで、観客の注目を鷲掴みにしていました。私の方は精神医学にはついて行けたのですが、作曲家の名前がだめでした。コガン先生は当然、英語で発音します。ブラムス、シュマンと言われて、私は誰の名前かさっぱりわからず、そのまま日本語にしていました。後から聴衆からそれはブラームス、シューマンのことだ、と間違い指摘を受けました。日本人としてはドイツ語の名前はドイツ語の発音で覚えています。しかし、それを英語読みされてしまうと何のことか分からない、というのがその時の発見でした。音楽史の通訳はドイツ語だけでなく、フランス語やイタリア語の名前も英語でどう発音されるのかも調べてから臨むのでしょうね。

参考文献

Cusick, A., & Harai, H. (1992). The Allen Tests for Cognitive Disability. Occupational Therapy in Mental Health, 11(4), 61–75.
山下剛利, 藤本莽三, 青井一展, 石村栄作, & 久保一弘. (1991). 恐怖症・強迫神経症の病態についての一考察 皮膚電気刺激による制御法の治療経験から. 精神神経学雑誌, 93(8), 645–673.

2023/03/21

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