認知行動療法が役立つ場合、役立たない場合(草稿) in 精神科臨床サービス15巻1号 2015年2月 明日からできる強迫症/強迫性障害の診療Ⅰ

I.              「役に立つ場合,役に立たない場合」の答えはあるのか?

「ある治療法Xがある疾患Yに役に立つ場合,役に立たない場合」という設問は,治療を開始する前に患者のアセスメント結果をもとにして,ある治療法Xを疾患Yをもつ患者Zに施したとき,疾患Yは治るかどうか?疾患Yを持つZの生活向上に役立つかどうか?を問うていることになる。予測できるかどうかを尋ねている。精神疾患の治療転帰の予測にダイレクトに関わる設問というわけだ。

私たちはどの程度,精神疾患の治療転帰を予測できるのだろうか?

強迫症/強迫性障害(Obsessive Compulsive Disorder,以下OCDとする)の場合,普通の精神科医にとっては見慣れた疾患ではない。だから,この答えは医師によって大きく別れるのは仕方ない。20年以上にわたってOCDを認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy, 以下CBTとする)で治療してきた医師と,薬物療法が専門の医師や統合失調症を専門にする医師を比較すれば答えははっきりしている。山上1)によれば,治療に関して「行動療法が高率の改善を報告するようになるまでは、長い間有効な治療法がない難治な疾患であるとみなされていた」。CBTが知られるようになる前からのキャリアがある精神科医は,OCDを他の精神疾患と比べてより難治だと見なしているはずだ。CBT以前の精神療法はことごとく治療に失敗している。新しく出てきたCBTで何ができるか?と思う医師がいるはずだ。

では,良く知られている,誰でも馴染んでいる疾患なら治療転帰を予測できるだろうか?うつ病の患者の場合で,抗うつ薬が役に立つ場合,役に立たない場合を予測できるだろうか?もっと他の馴染みの疾患を考えて見よう。アトピーの患者の場合で,ステロイドが役に立つ場合,役に立たない場合を予測できるだろうか?癌の患者の場合の抗がん剤は?

麻疹のような自然経過で大半が治ると分かっているものを除けば病気の転帰を正確に予測することは難しい。どんな場合でも,患者側の要因と環境側の要因,治療者側の要因の3つがあり,さらに偶然という何人にも予測とコントロールを許さない要因が重なる。一方,普通の人は患者にある特定の特徴があれば,それに合わせた治療があり,それには特定の結果(改善や副作用)が伴うといわば直線的に考えてしまう。このような常識的な因果推論を図 1に示してみよう。

現実には患者の特徴に合わせた治療を選べば,いつも同じ結果が生じる,ということはほとんどない。常識的な因果推論に人は騙されてしまう。”患者に合わせて治療を選べば結果は決まる”と言えるのは,よほどの自信家か楽天家なのだが,このような言い方は普通にはびこっている。自分は自信家や楽天家ではないと言う人でも,専門家なら予測できるだろと考えてしまう。現代の精神疾患の研究費のかなりが,統合失調症の発症を決める遺伝子やうつ病のバイオマーカーを探し出すことなどに向けられている。なぜこのような研究が流行るかと言えば,特異的な患者側要因が見つかれば,治療法が決まり,結果も自ずと決まると一般人が思い込んでいるからである。

一般人を騙してしまう要因はCBT側にもある。CBTの治療技法は多すぎる。そしてまだ増え続けている。たとえば著者自身が強迫性障害のCBTについて書いた解説2)を見てみよう。エクスポージャーと儀式妨害(Exposure & Ritual Prevention, 以下ERP)とセルフモニタリング,コラム法,行動分析と行動観察,活動スケジュール法,モデリング,課題分析がある。エクスポージャーについてはさらに細かく,治療者の補助付と連続,セルフ,治療効果維持,イメージがある。儀式妨害には物理的禁止法と嫌子法,消去法,他行動分化強化,動機法がある。これだけでも16ある。さらに原田が著した「強迫性障害治療ハンドブック」3)を見ると,系統的脱感作や気そらし法など加わり,30以上になる。どういう患者にはどの治療法が適しているのだろう?そもそも,30以上の治療法を使いこなし,どの患者にはどれが良いと言える治療者というのは世の中にいるのだろうか?

もし,仮にそのように自負する治療者がいたとしたら,CBTの技法の嵐に埋もれてしまっている。CBTの技法を30種も使っているというのは,薬物の多剤併用と同じである。統合失調症やうつ病に向精神薬が役立つことは良く知られているが,同時に薬をころころ変えたり,多剤併用したりするような医師が薬物療法をするならば,これらの疾患が難治化することも経験的に知られている。治療者が治療を選ぶのではない。治療が治療者を選ぶのである。

CBTが役に立たない場合の第一の条件ははっきりしている。CBTの技法の嵐に埋もれてしまう治療者がCBTを行った場合である。「CBTの技法」を薬物や精神療法の多剤・多種併用と置き換えても同じことだ。

II.             CBTは円環的な推論をする

直線的な因果推論が治療転帰の予測に合わないとすれば,CBTはどういう考え方をするのだろうか?図2を見て欲しい。

CBTは複数の要因が円環的につながっていると考える。結果が出れば,それによって患者が影響を受け,患者が変われれば,治療者も変わる。そして,いつも偶然が間に割って入る。そんな中で良い結果を選び出し,その結果を出した治療法に力を入れていくようにする。何が良い結果を出すかはやってみなければ分からないし,やってみたことでどういう結果が出たかをちゃんと抑えておかなければ,次の治療選択に差し支える。OCDは精神疾患の中でも特に慢性に経過する病気だから,一つの治療,一つの結果だけで,治療が終わることはありえず,その後も引き続き治療を続けて行かなくてはならない。治療を続けるうちに,患者や環境も変わるし,それに合わせて治療法も変わるだろう。一つ一つの治療はやってみるまでは「こうすれば,こうなるかもしれない」という作業仮説であり,それは結果が出てから初めて治療になったか,害になったかが分かる。仮説検証をずっと繰り返すことがCBTである。

CBTが役に立つ場合の第一の条件に触れてみよう。CBTが仮説検証であることを理解し,実践している治療者がCBTを行った場合である。結果が出る前に「CBTの技法」を闇雲に手当たり次第使うような治療者は×ということだ。

III.           CBTが役立つ場合,役立たない場合:治療者側要因

CBTがOCDの治療に役立つ場合と役立たない場合を治療者側要因から整理してみよう。

役立つ場合

  1. 過去にCBTでOCDを治した経験がある場合

当然のことだが,過去の実績は将来の結果を予測する。これは治療者本人だけには限らない。治療者がCBT初心者,OCDバージンであっても,同じ職場に治療に成功したことがある指導者や同僚がいる場合や治療にコンスタントに成功している行動療法家からのスーパービジョンを受けているならば治療は上手く行くだろう。

  1. CBTが仮説検証であることを理解し,実践している治療者がCBTを行った場合

いうまでもないが,ERPを歴史上初めて成功させたMeyer4)にはまわりには過去に成功したことがある仲間はいなかった。CBTの成り立ちを十分に理解しているならば,OCDバージンであっても治療に成功することは可能だ。

役に立たない場合

  1. CBTの技法の嵐に埋もれてしまう治療者がCBTを行った場合

結果が出る前,すなわち患者の細かな変化を注意深く観察することなしに「CBTの技法」を手当たり次第使うような治療者の手にかかったら,治療選択が正しくても,結果はボロボロである。こうした治療者は,ややもすると治療に失敗した理由を患者側や治療側の要因に帰属させようとする。自分が失敗の理由を作っているとは考えないのである。何事にもプラス思考で楽天的な治療者は×と言えるかも知れない

  1. 治療者自身に未治療のOCDがある場合

OCDの考えや気持を理解し,苦しさに同情することはできるだろうが,CBTは慰めや安心を与えることではないし,ERPに至ってはその真反対のことをする。治療者自身が不安に耐えられないならば,例えば潔癖症ならば,とても患者に床などを触らせるようなエクスポージャーはできないだろう。

  1. 治療者が患者のOCDに巻き込まれる場合

OCDの患者は慰めや安心を見つけるエキスパートである。代理儀式や保証を家族にさせること,いわゆる巻き込みはよく知られた現象である。治療者が巻き込まれることももちろんある。ERPをする気はある,しかし,治療者が保証をしてくれることが条件だと,治療者と取引をする患者もいる。一度,患者に巻き込まれてしまうと,治療者には勝ち目はない。

  1. いくつかの技法に関しては十分な時間,頻度が確保できない場合

セルフモニタリングや読書療法(患者自身が「図解やさしく分かる強迫性障害」5)などの治療マニュアルを読んで自分でCBTを行うこと)ならば,通常の診察以上の時間はかからない。一方,ERPのような技法は最低でも1時間は必要である。30分以下しか取れないような状況でエクスポージャーを行うことは,不安条件づけを弱化するのではなく,強化する結果になる。一度,エクスポージャーで苦い経験をした患者は,次に十分な時間がとれるチャンスができたとしても,EPPをやりたがらない。不完全なERPをするぐらいなら,最初からやらないほうが後が良い。

IV.           CBTが役立つ場合,役立たない場合:患者側要因

患者側要因については意図的に詳しく述べなかった。最大の理由は,CBTにはERPの他にも30以上の技法があり,どんな患者であっても技法のどれかは役に立つことがあるからだ。どんな患者というのは人間以外でもという意味でもある。OCDに罹患するのは人間だけではない。犬や猫もOCDになるし,CBTが役に立つ6)。CBTは犬猫にでも役立つのだから,話が通じないとか小児だからとか発達障害だからとかはCBTができない理由にはならない。犬猫は人間からみれば言葉を発せず,気に入らないことがあると噛みついたり,ひっかいたりする重度の発達障害である。

一応それでも,CBTがOCDの治療に役に立たない場合はある。

役に立たない場合

  1. OCDの症状によって患者に疾病利得がある場合

年金など金銭的な利得がある場合や疾病によって家族からの保護を得られる場合は,OCDは治らない。OCDの症状それ自体には苦痛をもたらす性質はない。頻度や時間が極度になり,他の行動をする時間が足りなくなることで苦痛が生じる。症状が家族の注意を引きつけるなどの患者にとってのメリットをもたらしたり,症状によって就労や家事労働などの義務から免除される結果になっていて,同時に強迫以外には他にしたい行動がないとしたら,CBTによって患者が変わることはないだろう。

ここでは,本来,CBTが役に立つはずなのに,一般には役に立たないと信じられている患者側要因を問題にしたい。著者はセカンドオピニオン外来も行っているが,そこでは担当した患者がCBTを受けることに反対する医師の存在を目にする。とても残念である。こうした医師が「CBTが合わない」と主張する理由を列挙してみよう。

役に立つのに,役に立たないと誤解されている場合

  1. 患者の動機づけが乏しい場合

エクスポージャーはそもそも,患者がやりたくないことをすることである。動機づけがないことを患者がすることがエクスポージャーなのだから,動機づけが乏しいのは,エクスポージャーのためには必須である。

  1. 患者が小児の場合

日本児童青年精神医学会の機関誌である「児童青年精神医学とその近接領域」を検索するとOCDが105件ヒットする。その中でCBTについて触れているものは14件である。つまり13%の論文がCBTについて触れている。「精神科臨床サービス」誌の場合はOCDが11件,CBTが4件で36%になる。相対的に日本の児童青年精神医はCBTへの関心が低いのだろう。

  1. 患者が発達障害を合併している場合

先に述べたように,犬猫にもCBTをするのだから,発達障害はCBTが不適応の理由にはならない。そもそも発達障害に対してもっともエビデンスのある治療法はCBTの一種の応用行動分析である。

  1. 「思春期妄想症」7)のように患者の強迫観念が統合失調症の妄想に似ている場合

自分の身体の特徴についてのこだわりは身体醜形障害と呼ばれる。従来は身体表現性障害に分類されていたが,DSM-58)では強迫関連障害に分類しなおされた。自己臭恐怖もこの一つに入る。残念ながら,思春期に発症する自己臭恐怖などの身体に関する強迫観念は日本独自の診断概念である,思春期妄想症と診断され,統合失調症と同様の扱いになり,CBTの適応がないとされてしまう。抗精神病薬が役に立たないことが分かっているのにもかかわらずである。身体醜形障害に対するCBTがまだ一般に知られていないことも,このような誤解が蔓延することに関わっている。

V.            最後に

本特集のタイトルは「明日からできる強迫症/強迫性障害の診療」だが,OCDに対するCBTを行った経験がない治療者が,指導者なしで本だけでOCDを治せるようになることはまず難しいというのが著者の意見である。CBTが役に立たない場合の最大の理由は,治療者自身にある。しかし,例外はある。頼るべき相手がないまま,本だけで治せるようになった医師はいる。

原田3)が自著にこのように書いている。

編者が医者になってから20余年が経っているが,この20年の聞にどの精神障害の治療が一番進歩したかをあらためて考えてみると,強迫性障害が有力な候補のlつではないかと感じられる。編者が研修医になった当時は,まだ抗うつ薬(クロミプラミン)の有効性は(少なくとも編者が属していた大学の医局には)十分伝わっておらず,行動療法や森田療法を行っている治療者も身近にはいない状況であった。実効性のある薬物療法と精神療法が見当たらない中,「強迫性障害は難病である」という見方が当時の医局の通り相場となっていた。現在なお難治性の強迫性障害が少なくないことは事実であるが,それでもこの20年の間に精神医学と臨床心理学が格段に強力な強迫性障害の治療手段を手に入れたことは間違いない。(中略)

初めて本格的に行動療法を行った症例のことも,編者にとって忘れられない思い出となっている。やはり難治性の強迫性障害があり,編者にとって伝家の宝刀(馬鹿の一つ覚え?)となっていたクロミプラミンも残念ながら十分効果を発揮できなかった症例を担当して,またも編者は対応に窮した。そこで,仕方なく行動療法のテキストをにわか勉強して,セッションの進め方を記したメモを片手に曝露反応妨害法をおずおずと行ってみたのである。初めての曝露反応妨害法の場面で,当然のことながら当初のうち患者はすこぶる不安が強く,ためらい躊躇していた。それでも,半ばパニック状態になっている患者を励ましながら一緒に病院の壁を触り続けたところ,少しずつ患者の不安が和らいで緊張がほぐれて行き,最後にはかすかにくつろぎと喜びの気配さえ浮かんできたのを目撃した。その経過を見守っていた時に体験した安堵と発見,臨床家としてのワクワク感と達成感は実に印象的で,今でも編者の脳裏にあざやかに焼き付いている。

肥前療養所で山上敏子の指導の元,仲間と一緒にOCDの治療にあたることができた著者(HH)と違い,原田はまったく一人で,メモだけを片手にCBTをしなければならなかった。それでも,うまく行くときはうまく行く。偶然も味方したのだろう。しかし,運だけにせず,うまく行ったことを繰り返し行うようにしている。2,3人をうまく治せれば,ちょっとしたOCDのエキスパートにもなれる。うつ病の患者を10人連続して治せたとしても,誰もその医師をうつ病のエキスパートとは見なさないが,OCDを数人連続で治せれば,それだけでエキスパートと呼ばれる資格がある。

周りに指導者がいない状況でOCDに対するCBTを成功させることができる治療者の特質は何だろうか?はっきりしていることは,原田自身が「一緒に病院の壁を触り続けた」ことだ。治療者自身が不潔恐怖や洗浄強迫があるようなら,とてもこうはいかない。おそらく1時間以上の間,不安を感じ,今にも逃げ出しそうな患者のそばに寄り添い,声をかけつつ,最後まで一緒にエクスポージャーを続けたことが素晴らしい。

本特集のタイトルは「明日からできる強迫症/強迫性障害の診療」となっている。周りに指導者がいる治療者が,この特集に頼ることはないだろう。だから,本特集が役に立たなければならない治療者は周りに指導者も仲間もいない人たちだ。彼らが「この特集を読むだけでOCDを治せる治療者になれる?そんなアホな!」と著者は思っているのだが,それでも,世の中は広い,誰かはこの特集をきっかけにOCDを原田のように治せるようになるだろう。肥前時代から30年近くOCDの患者とその家族の苦悩を見て来た者として,治せる人が一人でも増えることを願っている。

 

参考文献

1)        山上敏子. 強迫性障害の行動療法. 日本医事新報(0385-9215). no. 3724, p. 117.1995,

2)        原井宏明. 不安障害の認知行動療法② 恐怖症と強迫性障害. 精神科治療学. vol. 26, no. Supplement, p. 73–78.2011,

3)        原田誠一. 強迫性障害治療ハンドブック. 金剛出版, 2006. http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA77029767, (accessed 2015-01-07).

4)        Meyer, V. Modification of expectations in cases with obsessional rituals. Behaviour research and therapy. vol. 4, no. 4, p. 273–80.1966, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/5978682, (accessed 2015-01-11).

5)        原井宏明, 岡嶋美代. 図解やさしくわかる強迫性障害. 東京, ナツメ社, 160p.2012,

6)        Overall, Karen L., Dunham, Arthur E. Clinical features and outcome in dogs and cats with obsessive-compulsive disorder: 126 cases (1989-2000). Journal of the American Veterinary Medical Association. vol. 221, no. 10, p. 1445–52.2002, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12458615, (accessed 2015-01-10).

7)        村上靖彦. 【統合失調症圏の様々な病像を診ぬく】 思春期妄想症. 精神科治療学. vol. 25, no. 4, p. 515–521.2010,

8)            Association, American Psychiatric. DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. 東京, 医学書院, 2014.

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