強迫症の寛解を目指した治療と維持療法、治療終結 草稿 臨床精神薬理学2019

抄録

強迫症の患者が初診したら、どう治療を始めるべきかについての知識は治療ガイドラインなどによって広く知られるようになった。一方、長期間治療を継続している患者に対してそのまま継続するか、薬を減らすのか、やめるのか、さらなる症状の改善を目指して強迫症専門医に紹介するのか、そのような判断の助けになる資料はほとんどない。この論文はそのような資料になるようにした。

I.              はじめに

過去30年の間に強迫症(強迫性障害、Obsessive Compulsive Disorder, 以下OCD)に対する治療法の知識は大きく変わった。昔は治療法のない難治性疾患だったが、今は標準的治療ガイドラインが厚労省のホームページに公開されている。一方で、精神医療場面で遭遇するOCDは依然として慢性疾患であり、自然寛解はほぼ望めない。治療ガイドライン通りに行った場合、毎週受診して4か月かかり、それでも治療が不要な程度まで寛解するのは2割以下である。途中で脱落する割合の方が大きい。1,2ヵ月で半数ほどが寛解するうつ病やパニック症とは違う。

OCDを年に数例以下しか経験しない治療者にとってはOCDの寛解や回復、症状消失を経験することはさらに稀なことになる。現実には不全寛解がもっとも多い。不全寛解のまま同じ治療を何年と続けるのか、変えるのか、やめるのか、あるいは原井クリニックのような専門クリニックに紹介するのか、判断をガイドしてくれるものが必要だろう。強迫専門クリニックでの治療はどのようなものなのか、維持療法と治療終結は?をこれから解説する。

II.             筆者のOCD治療について

1.     強迫とかかわって30年

筆者の立場は精神科医として特殊である。OCDに対する行動療法・薬物療法を30年以上前から行っている。エクスポージャーと儀式妨害(Exposure and Ritual Prevention, 以下ERP)を患者に最初に使ったのは1988年である。この時からクロミプラミンも225mgまで使っていた。OCDの治療に関する文献レビューを最初に行い、出版したのは1998年である1)。

この30年間-ちょうど平成にあたる-を振り返ると隔世の感がある。30年前はほとんどの精神科医がブロマゼパムと抗精神病薬を処方し、精神分析的精神療法を行っていた。当時の常識ではOCDは難治であり、薬物療法は対症療法しかなく、日常生活もままならないほどの重症の患者には退院見込みのない入院生活をさせるしかなかった。精神療法でも薬物療法でも寛解を目指して行うものではなかった。今では、OCDの治療ガイドラインがある。ERPやSSRIに反応しない、難治性の患者にどうするかがテーマになるようになった。

筆者自身も大きく変わった。最初の10年間、肥前療養所時代は3ヶ月以上の入院が原則だった。ERPは入院中に行うものであり、病棟スタッフにも協力してもらい儀式を48時間させないように見張っていた。1998年に菊池病院に移ってからも最初は入院だったが、2004年から外来のみにした。病棟スタッフにOCDと行動療法を教育することが煩わしくなったことと患者数の増加が理由である。また、動機づけ面接(Motivational Interviewing, 以下MI)2)とアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance & Commitment Therapy, 以下ACT)3)を使えるようになったおかげで儀式妨害のための監視や入院が不要になった。

患者数はさらに増えた。飛行機で来院する患者が増え、寛解までの来院回数をできるだけ減らす必要が生じた。初診から寛解までの受診回数を最短では2回にできるように、集団集中治療を2006年に始めた。

薬も変わった。クロミプラミンの副作用には悩まされた。口喝と便秘はほぼすべての患者に生じた。2割程度の患者には体重増加と振戦が生じた。100人に1以下だが、一部の患者にてんかん発作が起こった。大量服薬のリスクがある患者には気を使った。SSRIはこのような副作用の恐れから医師と患者を救った。体重増加や振戦がない、大量服薬しても救急入院させなくてもよいというのは外来だけのクリニックにとってはありがたいことである。強迫症状消失後の維持療法にSSRIではなく三環系を使う理由はほとんどない。

2.     専門外来以降の治療と経過

2008年になごやメンタルクリニックの院長になり、強迫専門外来を立ち上げた。3日間集団集中治療プログラム(3 Days Intensive Group Therapy, 以下3DI)はほぼ毎月行うようにした。2017年までの10年間に新患ではおおよそ3000人、3DIを受けた患者は1000人程度になる。2018年は開業準備のために基本的には診療を休み、2019年1月7日に東京で開業した。

この20年間の経過をグラフにまとめてみよう。

図1 原井のOCD診療経過 4)を改変

 

3.     治療成績と合併症

上記のグラフにはY-BOCS5)による症状の改善度を示している。全体を平均すれば50%程度である。治療を受けた患者のおおよそ8割の症状が半減以下になる。逆に言えば症状が半分程度残る患者が3割程度おり、さらに2割程度は治療に2ヶ月間以内では改善せず、治療継続が必要になる。これだけの患者がいれば合併症もさまざまである。他の疾患があれば治療成績が下がり、寛解や終結は難しくなると考えるのが常識だろう。実際には違う。

他の不安症など

OCDは不安症や身体症状症(以前の身体表現性障害)、さらに摂食障害(特にオルトレキシア、Orthorexia6))とも重なる疾患である。OCD以外の不安・こだわりの合併は半数以上の患者で見られる。社交不安症の中でも身体醜形恐怖や自己臭恐怖は強迫スペクトラム症に分類され、OCDと同じ方針で治療できる。単純な社交不安症は3DIのような集団集中治療とSSRIに良く反応する。言い換えれば、強迫以外にもいろいろな不安があったとしても、それはむしろ歓迎すべきことであり、治療の妨げにならない。ACTのように診断横断的な第3世代の行動療法の方針からみても、分類・種別にこだわりやすいOCD特性を治すという治療目標からみても、雑多な不安や観念を一度に治すようにする方が本質的な治療になる。不安を細かく種類分けし、それぞれ一つずつ治療することは薬物療法に例えればOCDにフルボキサミン、社交不安症にシタロプラム、パニック症にはパロキセチンというようにSSRIを使い分けるようなものだ。実際の臨床ではSSRIの効果は診断横断的である。

自己臭恐怖などは日本の伝統的診断では思春期妄想症7)と呼ばれ、統合失調症の一種とされてきた。OCD専門家からすれば子どもの将来を左右する重大な誤診という他にない。

うつ病

自ら通院できる程度であれば、うつ病の併存は問題にならない。うつがない方がむしろやりにくい。初診時のうつ症状評価尺度が2点以下しかないような患者とは、強迫症状のために生活に困難が生じ、OCD専門精神科を受診せざるを得なかったにもかかわらず、そうなった状況について落ち込んだり、自分を責めたりしないような患者である。このような患者を行動療法に導入することには苦労する。「手洗いが長くてやりたいことをする時間が足りないのには困っているけど、毎日は楽しいし、家族も友だちも潔癖症を理解して手伝ってくれる。手洗いはスッキリするから好きでやっていること。だから、二日間手洗い禁止は絶対にやりたくない。手洗いが適度に短くなる薬を出してください。」

そんな薬はない。手洗いなどの強迫儀式は習慣行動である。早起きの習慣がつく薬、運動の習慣がつく薬があれば筆者も素晴らしいと思うが、そんな薬はない。個人カウンセリングを続けながら、コミュニティ強化アプローチと家族トレーニング(Community Reinforcement Approach and Family Training, CRAFT)8)のような方法を使って家族を含めた環境の変化から3DIへの動機づけが生じるのを待つことになる。

処方薬依存症・精神医療依存

精神医療と長期間関わっていた患者の中には処方薬や精神医療に依存してしまう人がいる。ベンゼピアゼピン系薬物を長期処方することによる常用量依存は良く知られている9)。精神障害者として認定され種々の社会的支援を受けるうちに、自立することが難しくなる患者もいる。不要だからとしてSSRIのみにするのか、行動療法によって寛解と社会的自立まで目指のか、それとも現状維持を前提にするのか、患者の価値観によって決まることになる。

双極性障害・発達障害

双極性障害は2~3%ある。自閉症スペクトラム障害や注意欠如多動性障害も数%ある。これらの症状は初診時では強迫にマスクされており、症状改善後の経過を見るうちにわかることが多い。日常生活の大半を自宅での手洗いや確認に費やしている間は気分の変動や対人コミュニケーションの問題、不注意・多動は問題として浮かび上がってこない。寛解して復学・復職した後には対処が必要になる。

これらの障害には維持療法が必要である。症状のセルフモニタリング10)や社会技術訓練(Social Skills Training, 以下SST)11)、気分安定剤、メチルフェニデート徐放剤などを継続することになる。

統合失調症

これだけの数のOCD患者を見てはっきりと断言できることがある。3000人の中で結果的に診断を統合失調症に変更した例は数人以下である。OCDを治すと統合失調症になるという伝統的信念ははっきり間違いである。そう状態や自閉症スペクトラムの問題が浮上してくることを誤診したのだろう。

患者の中で精神科治療歴がある者の半分程度は、前医から統合失調症と診断されて抗精神病薬を投与されていた。筆者はチック症状や食欲不振などの他の問題が合併していないかぎり、前医が処方した抗精神病薬をすべて中断している。中断そのものによって精神病症状が出現した患者はない。どれだけ内容的には被害妄想のように見える観念であっても、強迫観念は抗精神病薬に反応せず、薬をやめても何も起こらない。抗精神病薬中止後の離脱症状はない。減量・中止は初診時にすぐできる。

4.     現在のクリニカルパス

不安症や中等度以下のうつ病以上のような合併症の患者が原井クリニックにOCDの治療を求めて来院した場合を考えてみよう。薬物療法と行動療法を併用する場合のクリニカルパスを次に示す。初診患者の7割程度が薬物療法と行動療法の併用で治療を受ける。3割程度は行動療法のみである。3DI終了後に薬物療法の変更が必要になることは例外的で、一種類のSSRIを長期処方することになる。受診間隔は2,3ヶ月おきである。

表1 原井クリニック OCDクリニカルパス

初診 1,2週間後 3,4週間後 以降、2,3ヶ月おき 10、20年後
診断鑑別、合併症チェック、心理教育・薬物教育、セルフモニタリング指導
治療計画作成SSRI初期量スタート
心理教育・ベースライン評定(セルフモニタリングのチェック、Y-BOCS)SSRI増量 セルフモニタリングのチェック、治療計画の見直し、再発予防計画、SSRIを十分量に増量し維持 3DI 行動変化のチェック、Y-BOCS,再発予防計画服薬アドヒアランス・残存強迫症状のチェック、生活変化によって生じた問題に対する行動療法 随時、症状チェック、維持療法に関する意向のチェック

 

このなかで寛解(Y-BOCSで8点以下)になり、2,3ヶ月おきに受診する患者は3DIを受けた患者の8割程度である。さらに10,20年後になると5割程度が服薬を自ら中断し、来院しなくなる。逆にいえば5割程度は自宅近くのメンタルクリニックに転医する場合も含めて、服薬・受診を継続する。10、20年と長期継続する患者はいったいどのような人なのだろうか?

III.           SSRIを長期継続する患者と長期継続の意義

1.     1年間の中断後に原井クリニックを受診する患者

2018年の1年間は基本的には診療を休業した、2019年1月から原井クリニックとしてOCDの診療を再開した。1月から4月までに原井クリニックの初診患者は190人だった。そのうちの81%、154人がOCDだった。さらにそのうちの26%、40人がなごやメンタルクリニックで原井を受診していた患者である。筆者の最終処方は全員がSSRI単剤だった。診療休業の1年間、35人は他医で薬物療法を維持していた。継続していた患者は、最後に診たときと同じ寛解状態を維持していた。5人は1年間に服薬を中断しており、症状が悪化していた。ただし悪化した患者も含めてすべての患者も就労や一人暮らしをするなどして社会適応ができていた。40人の患者の平均年齢は約30歳だった。

2.     強迫症状は消失するか?

OCDについてのよくある誤解のひとつが「OCDの患者には不安やうつ、トラウマなどのネガティブな情動がある」である。そのどれもない、単にもの好きで強迫儀式をやっているとしか言えない患者もいる。抜毛症や皮膚摘み取り症、強迫性緩慢12)、収集癖(Hoarding)の患者が代表的だろう。このようなこだわりの症状は最初の初診の主訴にはないことが多い。

高校生で発症し、なごやメンタルクリニックを受診、SSRIと3DIの治療を受けて、寛解し、大学に進学、就職が東京になったので、ふたたび原井クニックで治療を継続することにした患者が数人いる。どの患者もY-BOCSは8点以下であり、寛解は維持されている。だからといってOCDの悩みがないわけではない。ある患者は次のように訴えた。

職場で上司からよくこういうことを言われる。「きちんとやるのはいいが、スピードも大切。適当に手を抜くことも覚えろ」

それで、ついこう言い返してしまった「適当の基準を教えてください」

上司 「そんなもの自分で適当に考えろ、社会人だろう、学生じゃないんだから」

私としては「私はOCDです、専門医にかかって薬も飲んでいます。自分では考えられないので教えてください」と言い返したくなったのだけれど、これをやってしまうと履歴書には精神科通院のことは隠して就職したことがばれてしまうので、何も言えなかった。やっぱり、私のOCDはまだ治っていませんね。適当というのはどうやって身につけたら良いのでしょうか?

1人の患者がもつ強迫症状が一つだけであることはまれである。10代から長期間追跡している患者の場合、最初は不潔恐怖/手洗いであったものが、思春期は自己臭恐怖、成人してからは加害恐怖/確認に変わることがよくある。SSRIや認知行動療法を行った場合、重症度としてはY-BOCSで8点以下になり、寛解基準を満たすようになったとしても、心の中の儀式のように止めにくい儀式が残っている場合がよくある。納得感強迫や感覚強迫、ルール支配行動強迫、整理整頓強迫、まさにぴったり感(Just right feeling)などはSSRIに反応しにくいし、治療ガイドラインにあるような認知行動療法もこのような症状への対処は述べていない。

ちなみに、まさにぴったり感のような症状をOCDではなく発達障害の二次障害と診断する一般精神科医が多数いる。出生時から思春期までを正常に発達し、現在も社会的行動や言語には問題のない患者を「実は生まれたときから発達障害だった、自閉症スペクトラム障害だった」と診断するのは、“発症時期”という事実を無視している。OCDには発症時期がある。発達障害にはない。

3.     SSRIは何に効いているのか?

先に述べたようにSSRIは診断横断的な効果がある。では診断だけだろうか?

SSRIはパーソナリティー傾向にも影響するという研究がある13)。パーソナリティーは5つの軸に分けられることが多いが、その2つの神経質性と外向性に対してSSRIが影響を与える。さらに倫理に関する判断にSSRIが影響を与え、より利他的になるとする研究がある14)。

SSRIの効果に関する前臨床研究をまとめると次のようになる。

  • 情動バイアスを変える

扁桃体の活動性を抑えることでネガティブな感情に対する反応性が下がる。うつ病の場合は過去の失敗を大げさに捉えなくなる。OCDの場合は強迫観念を無視しやすくなる。

  • 学習

海馬における神経細胞の成長と活動依存性神経可塑性を促す。

  • 食欲などの欲求

性的興奮の抑制、消化管活動の変化

また系統的レビューの中ではまだ弱いままだが15)、SSRIを使うことで産後うつ病を予防できるとする研究がある。月経前緊張症に対する効果は知られている。このように考えるとSSRIを継続することによって、単にOCDの再発再燃を防ぐだけでなく、他の症状や問題の出現を予防できる可能性がある。

IV.           OCDに対する治療のレビュー

今回、あらためてOCDに対する治療のレビューを調べた。Bandelow16)やBrakoulias17)などのレビューが見つかった。内容は基本的に1998年に筆者自身がまとめたときにほぼ同じである。そして強迫症状が消失し、寛解を維持している患者に対する治療終結について触れたものはなかった。ましてや皮膚摘み取り症や収集癖など近年、強迫スペクトラム障害としてあらたに加えられた疾患についてどうするかについて触れたものはない。

一方で、一般に患者向けの本やネット情報を見ると異口同音に「治れば薬は徐々に減らしていきます」「減らすときは自分の判断ではなく専門医の助言に従いましょう」と書いてある。OCDに関して、どれだけの患者が治るのか、薬を減らせるのか、止められるのか、止めた後どうなるのかを一般の精神科医は知らない。そもそも強迫症状がまったく消える患者はいない。SSRIをやめた後、更年期障害や退行期うつ病、月経前緊張症などがどうなるかもわからない。そのことを知りながら、「症状が良くなれば徐々に減らせます」と精神科医が書いているとすればそれはなんと呼ぶべきだろうか?

V.            患者への説明

患者へのアドバイスは次のようにまとめることができる。


SSRIが効く症状と効かない症状

OCDの症状は雑多です。人生全体にから考えれば無意味な細かなことにこだわるという強迫の性質から考えれば、無意味な細部というものは分類不能なほど無数にあります。あえてそれを大きく2つにわければ次のようになります。

  • 儀式の直後に一時的にネガティブな感情が消えるもの

感染症を恐れる人が手洗いで安心する、加害者になることを恐れる人が確認で安心する

  • 儀式の直後に一時的にポジティブな感情が生じるもの

髪の毛を抜いてスッキリする、机の上のものを自分のルール通りに配置して満足する

OCDに有効とされるSSRIは1の強迫にはかなり有効です。2に対する効果は限定的です。1の場合でも手洗いや確認をすることで結果的には強迫観念が強まっていることをわかっておく必要があります。手洗いや確認をやりたい放題にしたままでは1の場合であっても薬は無効です。

2の場合には「やってすっきりしたい」という気持ちを我慢して(儀式妨害)、もやもや感を持ち続けること(エクスポージャー)が必要になります。また1の強迫の方でも2の症状を部分的に持っている方がよくあり、それが対人関係に影響することがあります。

こうした方にはハビット・リバーサルトレーニングや社会技術訓練のようなやり方で他の人とスムースにコミュニケーションが取れるようにする必要があります。

SSRIをやめるときに考えるべきこと

SSRIを止めると翌日ごろから奇妙で不快な感覚が生じます。「シャンビリ」として知られる離脱症状です。服用を再開したり、1週間ぐらい待ったりすれば消えます。事前に離脱症状が起きにくいSSRIに切り替える、離脱症状が出る時期を計算し、生活に差支えないようにするなどの計画をたてておけば止めること自体は簡単です。薬を止めたい方に対してはクリニックでは次回の受診日よりも処方日数を減らして出すようにしています。たとえば14日後の受診日の場合には12日分を処方して、離脱症状がでるころに来院していただくという方法です。止めること自体は計画さえたてておけば簡単です。

止めるかどうかについては薬をやめて2,3か月後、さらに長い目でどうなるかを考える必要があります。次のどれがご自身に当てはまるかどうか考えてみてください

  SSRIを継続する 止める
メリット l  強迫観念の影響がマイルドになる、観念が湧いても「またいつもの強迫だ」と流せる

l  感情の波に全体に鈍感になる、人間関係など日常生活で生じるちょっとしたトラブルでもイライラしなくなる「家族がまたトイレの電気をつけっぱなしにしているけど、仕方ない、ほっとこう」

l  月経前緊張症、更年期障害、産後うつ病の予防の可能性

l  早漏症の改善

l  再発再燃時にOCD専門医に相談ができる

l  細かなことに気付くようになる

l  頭が冴える感覚がある

l  医療・薬から離れることで、一定期間が立てば受診前歴なしとして民間生命保険などの申し込み、献血などができる

デメリット l  単純な仕事に飽きやすくなる

l  つまらない授業では眠くなる

l  2,3か月に一度の受診が必要

l  医療費がかかる

l  遅漏症の悪化

l  強迫観念に影響を受けやすくなる

l  強迫観念が湧いたときに「これはいつもの強迫とは違う、なんとか対処しないといけない」と慌ててしまい、確認手洗いなどをしてしまう

l  かかりつけのOCD専門医がいないために再発時に対処が遅れる

 

SSRIを継続している場合、他に妊娠と授乳、自動車の運転、歓送迎会などでの飲酒などに問題が生じるのではないかと心配する方があります。通常は問題ありません。筆者が知る限り、妊娠や出産、授乳中にSSRIを継続していたことで子どもに問題が生じたケースもありません。むしろ、出産後の症状悪化(出産は女性のOCDの発症原因の一つです)を予防することができ、イライラせずに子育てをエンジョイできることで家庭円満が保たれているケースが多いです。

何度かSSRIを自ら中断し、そのたびに再発し、服薬を継続することにしたある患者はこのように話してくれました。

「SSRIはずるい薬です。飲んでからすぐには効果が分からない、副作用ばかりで飲む意味がないという気持ちになる。止めてもすぐには何も変わらない。なんだ止めても大丈夫じゃない! なのに2,3か月したら、あの時に止めなければ良かったと後悔する。飲み始めても後悔、止めても後悔する。どっちみち後悔するなら、楽に生活できる方が良いと思って今は薬を止めるのを諦めました。」

主治医としては治療がうまくいっている限り、そのまま薬も続けるようにお勧めします。一方で続けることによるデメリットがあることも確かで、実際に患者さんの半数程度は時期を選んで止めておられます。一度は頃合いをみて止めてみて、どうなるか実験してみることも良いことだと思います。この場合も受診は続けるようにしてください。


VI.           OCDに薬を処方している非OCD専門医に対するアドバイス

長年安定しているように見えるOCDの患者でも、ふとしたきっかけで新しい強迫観念をもつことがある。「今日みた健康番組で、いままで放置していた脇のホクロが実は基底細胞癌じゃないかと気になるようになりました。専門医にかからなくても大丈夫でしょうか?」「SSRIで子どもの発達障害が増えているというネットの情報をみました。うちの子供も検査を受けなくていいでしょうか?」

こうした心配をよく聞くと実は強迫観念であることがよくある。一方で、訴えを聞いている側が患者の心配に巻き込まれて話を大げさにしてしまうこともよくある。一つか二つであれば様子を見ていてよいが、このような心配が三つ、四つと続くようであればOCD専門家の意見を聞いた方がよい。薬を変更したり、他の病気の発症を疑って薬を追加したりするのは避けた方がよい。新しい病気にかかったのではないかという患者の心配を強化することになるからである。

 

VII.         まとめ

筆者の臨床経験に基づいてOCDの治療と薬の中止方法について解説した。患者自身が判断することになるのでそれをサポートできるような資料を最後にまとめた。

 

文献

1)        原井宏明. “広場恐怖を含む恐慌性障害と強迫性障害、恐怖症性障害”. エビデンス精神科医療-実証的証拠に基づく精神疾患の治療指針Ⅰ気分・不安・人格の障害. 大塚俊男, 風祭元, 北村俊則, 松下正明, 三浦勇夫, 守屋裕文, 山崎敏雄編. 東京, 日本評論社, 1998, p. 137–178.

2)        Miller, William R., Roll. 動機づけ面接〈第3版〉上・下. 東京, 星和書店, 2019.

3)        Hays C., Steven, Smith, Spencer. ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をはじめる セルフヘルプのためのワークブック. 東京, 星和書店, 2010.

4)        原井宏明. “精神科診療所における強迫性障害の治療 行動療法カウンセリングの実際”. 不安障害の認知行動療法. 東京, 日本評論社, 2010, p. 79-95.

5)        NAKAJIMA, TERUO, NAKAMURA, MICHIHIKO, TAGA, CHIAKIほか. Reliability and validity of the Japanese version of the Yale-Brown Obsessive-Compulsive Scale. Psychiatry and Clinical Neurosciences. vol. 49, no. 2, p. 121–126.1995, http://ci.nii.ac.jp/naid/10018600433/en/, (参照 2016-09-04).

6)        Parra-Fernández, María-Laura, Rodríguez-Cano, Teresa, Onieva-Zafra, María-Doloresほか. Prevalence of orthorexia nervosa in university students and its relationship with psychopathological aspects of eating behaviour disorders. BMC Psychiatry. vol. 18, no. 1, p. 364.2018, https://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-018-1943-0, (参照 2019-05-08).

7)        村上靖彦. 【統合失調症圏の様々な病像を診ぬく】 思春期妄想症. 精神科治療学. vol. 25, no. 4, p. 515–521.2010,

8)        Smith, J. L., Meyers, Robert J. CRAFT 依存症患者への治療動機づけ-家族と治療者のためのプログラムとマニュアル. 東京, 金剛出版, 2012.

9)        原井宏明. ベンゾジアゼピン依存に対する行動療法. 臨床精神薬理(1343-3474)臨床精神薬理. vol. 16, no. 6, p. 857–866.2013,

10)      原井宏明. 急速交代型双極性障害に対するセルフモニタリングと薬物自己投与による躁病再発予防の試み. 1997, 843–846p.

11)      原井宏明. 対人恐怖に対する社会技術訓練 対人場面での注視点の変化. メンタルヘルス岡本記念財団研究助成報告集. no. 8, p. 113–116.1996,

12)      Takeuchi, T., Nakagawa, A., Harai, H.ほか. Primary obsesessional slowness:long-term findings. Behav Res Ther. vol. 35, no. 5, p. 445–449.1997,

13)      Tang, Tony Z., DeRubeis, Robert J., Hollon, Steven D.ほか. Personality change during depression treatment: A placebo-controlled trial. Archives of General Psychiatry. vol. 66, no. 12, p. 1322–1330.2009, http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?doi=10.1001/archgenpsychiatry.2009.166, (参照 2019-04-16).

14)      Crockett, Molly J., Siegel, Jenifer Z., Kurth-Nelson, Zebほか. Dissociable Effects of Serotonin and Dopamine on the Valuation of Harm in Moral Decision Making. Current biology : CB. vol. 25, no. 14, p. 1852–9.2015, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26144968, (参照 2019-05-08).

15)      Molyneaux, Emma, Telesia, Laurence A., Henshaw, Carolほか. Antidepressants for preventing postnatal depression. 2018, http://doi.wiley.com/10.1002/14651858.CD004363.pub3, (参照 2019-05-06).

16)      Baldwin, David S., Anderson, Ian M., Nutt, David J.ほか. Evidence-based pharmacological treatment of anxiety disorders, post-traumatic stress disorder and obsessive-compulsive disorder: A revision of the 2005 guidelines from the British Association for Psychopharmacology. Journal of Psychopharmacology. vol. 28, no. 5, p. 403–439.2014, http://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0269881114525674, (参照 2019-04-27).

17)      Brakoulias, Vlasios, Starcevic, Vladan, Belloch, Amparoほか. International prescribing practices in obsessive-compulsive disorder (OCD). Human Psychopharmacology: Clinical and Experimental. vol. 31, no. 4, p. 319–324.2016, http://doi.wiley.com/10.1002/hup.2541, (参照 2019-04-30).

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